1 競争法研究協会の活動の最後の日に,最後の会長コラムをお届けする。コラムでは独占禁止法の審査手続をはじめとするエンフォースメント態勢に関することを度々取り上げてきたが,最終回も企業結合審査の手続や態勢を巡るものである。
2 企業結合審査は,公正取引委員会事務総局の経済取引局企業結合課が担当しているが,正式に排除措置命令を行うとする場合には,独占禁止法8章2節に定められた事件審査手続により行う必要がある(独禁17条の2)。事件審査を行うに当たっては,審査局長が委員会に報告し,必要に応じて審査局職員を審査官に指定し,独占禁止法47条1項に定められた権限を用いるなどして審査を行い,意見聴取手続を経て排除措置命令を行うこととなる。確約手続を用いる場合も同様である。実際には,企業結合課職員を審査局併任とする方法が用いられるものと想定された。「企業結合審査の手続に関する対応方針」には具体的に記載されていないが,こうした手続が必要になると考えられてきた。企業結合案件で正式に事件審査が行われた数少ない事例の一つが八幡製鉄・富士製鉄合併(新日鉄)事件(同意審決昭和44・10・30審決集16巻46頁)であるが,上記のような手続が採られている(注1)。また,私自身,実務家向け解説書において,そのように説明してきた(注2)。
(注1)毎日新聞社経済部編『新日鉄誕生す 独禁政策と巨大企業合併の記録』(毎日新聞社・1969年)116頁,公正取引委員会事務局編『独占禁止政策三十年史』(1977年)197頁参照。
(注2)村上政博ほか編『独占禁止法の手続と実務』(中央経済社・2015年)382頁[栗田誠執筆]参照。
3 しかし,ちょうど1年前の令和3年3月31日に関係法令の改正が行われ(同年4月1日施行),企業結合課において企業結合案件に対する事件審査を行うことができるようになっていることをつい最近知った。政令や委員会規則の改正を伴っており,当然,官報による公布が行われているのであるから,不明を恥じるほかないが,公正取引委員会は積極的にこの改正を公表していないようである。なお,令和2年度公正取引委員会年次報告には,公正取引委員会事務総局組織令及び審査官の指定に関する政令の改正に関するごく簡単な記述がある(30頁)。
具体的な改正事項は,次のような点である(地方事務所の所掌に係る改正は省略)。
①公正取引委員会事務局組織令(政令)の改正:経済取引局の所掌事務(3条)や企業結合課の所掌事務(14条)に,「独占禁止法第4章の規定に係る」事件の審査,排除措置計画の認定,排除措置命令,告発・緊急停止命令の申立て,合併等の無効の訴え及び排除措置計画の認定後・排除措置命令の執行後の監査に関することを加える。
②審査官指定政令の改正:審査官指定の対象となる職員を審査局(犯則審査部を除く。)又は地方事務所の職員に限っていた点を改め,官房審議官及び企業結合課の職員を加える。
③審査規則の改正:審査手続の開始について,「審査局長は,事件の端緒となる事実に接したときは,審査の要否につき意見を付して委員会に報告しなければならない。」(7条1項)とする規定の主語を「経済取引局長又は審査局長」に改める。審査結果の報告に関する23条についても同様である。
要するに,企業結合事案については,全て企業結合課において完結的に担当し,処理できるようにするという改正である。
4 この改正は何のために行われたのであろうか。次のような相反する見方が可能である。
この改正をポジティブに捉えるならば,公正取引委員会としては,企業結合案件を必要に応じて正式に事件審査として取り扱い,例えば,追加の情報提供を「報告命令」により求めたり,確約手続により排除措置計画を認定し,あるいは排除措置命令によって排除措置を命じたりすることがあることを明確にするとともに,その都度,審査局に移管したり,職員に併任の発令をしたりするといった事務手続なしに,企業結合課において機動的に正式に事件として処理することを可能にするための改正である。
また,この改正をシニカルにみれば,公正取引委員会の企業結合審査が独占禁止法の定める審査手続によらないで非公式に処理されており,そもそも企業結合課では追加の情報提供を求める権限を有しておらず,第2次審査においても「報告等の要請」をしているにすぎず,実効性を欠いているという批判に対応して,企業結合課で事件審査ができるという「形を整える」ための改正である。
公正取引委員会がこの改正を積極的に公表していないこと,施行後1年が経過しようとするが,事件審査として処理された案件があるようにはみえないこと(注3)を考えると,後者の「形を整える」ための改正であって,公正取引委員会としては企業結合案件を審査事件として取り扱うようなことはそもそも想定していない,とみるのが妥当であろう。
(注3)公正取引委員会内部の事務処理として,例えば,第1次審査で問題解消措置が提示された案件や第2次審査に移行した案件については,自動的に「事件の審査」として扱っている(ただし,報告命令等の権限を行使したり,確約手続や意見聴取手続を採ったりする必要はないと判断している)可能性はある。
5 公正取引委員会の企業結合審査の現行実務は,当事会社にとっては居心地の良いものであると想像される。実務家からは,企業結合審査手続や実務に対する不満や異論はほとんど聞かれなくなっているように思われる(注4)。また,研究者は,企業結合規制の実体面には興味があっても,手続や審査態勢については関心が湧きにくいようである(注5)。私は,企業結合審査制度には実効性を欠く面があり,その改善が急務であることを主張してきているが(注6),今回の改正がそのための第一歩となるものかどうか,確信が持てないでいる。
(注4)日本経済団体連合会経済法規委員会競争法部会が2022年3月31日に「デジタル化と グローバル化を踏まえた競争法のあり方-中間論点整理-」と題する報告書を公表し,企業結合規制についても,審査体制の強化,審査手続・調査方法の透明性の向上,事例公表のあり方に関して問題を提起しているが,要するに,問題ないという結論を早く出してほしいという要望に尽きるようである。
(注5)ただし,次のような問題指摘論文もあることを付言する。
田平恵「企業結合規制における審査と手続のあり方」日本経済法学会編『独占禁止法のエンフォースメント―新たな課題に対して』日本経済法学会年報41号(2020年)50-63頁参照)。
Vande Walle, Simon「デジタルプラットフォーム事件における問題解消措置と確約措置の実効性」日本経済法学会編『デジタルプラットフォームと独禁法』(2021年)77-97頁。
(注6)前掲注2,村上ほか編『独占禁止法の手続と実務』376-384頁。
1 今回の月例研究会では,村上政博先生に「今後の法改正課題―行政制裁金制度の創設と不公正な取引方法の再構築」と題してご講演をいただきます。独占禁止法の実体面とエンフォースメントに関わる重要課題について,一貫した立場から研究を深め,積極的に提言してこられた村上先生ならではのテーマであり,競争法研究協会最後の月例研究会に相応しいものと考えています。ご講演の内容については,後ほどコメントさせていただきますので,冒頭のご挨拶としては別のことをいくつか申し上げたいと思います。
2 まず,2022年に入ってからの独占禁止法の執行についてですが,2月末から3月初めにかけて2件の入札談合の法適用事件が公表されました。特に,日本年金機構発注データプリントサービスに係る入札談合事件については,発注側の日本年金機構に対して改善要請がなされています。今から30年近く前に,日本年金機構の前身に当たる社会保険庁の発注に係るシール談合事件の刑事告発に関わった者としては,印刷業界は何も変わっていないのか,発注側も組織は変わっても体質は変わっていないのか,という感想を抱いてしまいました。
既に刑事事件が確定している地域医療機能推進機構発注医薬品談合事件も行政処分も近く出るのではないかと予想されますが,年金とか医療といった国民生活に密接に関わる分野における入札談合が相次いでいることには懸念を持たざるを得ません。
かつて入札談合といえば建設業ばかりでしたが,近年はサービスや物品調達関係が目立ちますし,また,先般,情報システム調達の実態調査報告書が公表され,種々の問題点が指摘されています。しかし,建設談合の摘発がなくなっていることが公共調達における建設工事の発注が競争的に行われていることを直ちに意味するものではありません。談合という明示・黙示の協調行動を伴うことなく,(独占禁止法違反ではないが)非競争的な調達が行われている可能性もあり,入札制度やその運用の不断の見直しが必要です。
3 2021年度(令和3年度)も残りわずかですので,1年の動きについても簡単に振り返っておきたいと思います。年度末に重要な発表が相次いで行われることがありますので,その留保付きです。
まず,法適用事件としては,先ほど触れた2件の入札談合事件に限られます。また,2020年度には6件あった確約計画認定事件もずっとありませんでしたが,一昨日,Booking.com事件について公表されましたし,他にも確約認定申請中の事案が報道されています。これらのほか,単独行為に係る自発的改善による審査終了事件が3件あり,アップル(リーダーアプリ)事件,楽天(送料込みライン)事件といった大きな注目を集めた事案が含まれています。
また,実態調査としては,携帯電話市場,IPOにおける価格形成プロセス,情報システム調達に関する実態調査結果が公表されたほか,クレジットカード,クラウドサービス,ソフトウェア制作,モバイルOS等のデジタル分野関連の実態調査が進められています。
法適用事件をはじめとする違反事件ばかりに注目することが適切であるとはいえませんが,法執行機関としての公正取引委員会の存在意義にも関わることであり,年度内の残された期間に新たな法的措置事件の発表があることを期待したいと思います。
4 手続面の問題についても簡単に触れてみたいと思います。国際的には競争法の執行における適正手続と透明性の確保が重要な課題となっていますが,公正取引委員会は手続問題に関する国際的議論を国内向けに適切に紹介しているようにはみえません。例えば,公正取引委員会は,OECDやICNの活動を積極的に紹介し,大きな貢献をしていることを強調しています。しかし,そこでは,専ら競争法の実体問題や競争唱導に関することが扱われており,手続問題を紹介することはほとんどありません。公正取引委員会は,ICNが2020年に採択したCAP(競争当局の手続)フレームワークや,OECDが2021年10月に採択した「競争法執行における透明性と手続的公正に関する理事会勧告」を一切紹介していません。
こうした国際的な手続問題への公正取引委員会の消極姿勢には,次のような背景があるのではないかと考えています。一つは,独占禁止法の執行手続やその運用には国際的視点からみて問題があり得ることを公正取引委員会が意識して,国内で議論が高まることを警戒している可能性です。もう一つは,公正取引委員会が法執行・法適用という手法を重視しなくなってきていることの反映ではないかということです。
こうした見方や評価がどこまで正鵠を射ているかは別にして,公正取引委員会の独占禁止法運用の大きな考慮要因が司法審査のリスク回避にあることは否定できないと思われます。「絶対に負けない」ような事案しか,違反認定(排除措置命令)の選択はなされないのが現状であると見受けられます。これでは,独占禁止法のルール形成は進化せず,公正取引委員会の曖昧な行政的介入の根拠にはなっても,経済取引の基本ルールとしての機能を果たすことはできません。
5 国際的な動きを1つ簡単に紹介します。今月初めのABA(米国法曹協会)のあるセミナーで,米国司法省のRichard Powers反トラスト局次長(Deputy Assistant Attorney General in charge of criminal enforcement)が質問に答える形で,シャーマン法2条違反(独占行為)の有責者に対する刑事訴追の可能性を認めたことが大きな衝撃をもって受け止められています。シャーマン法2条違反の刑事訴追は過去50年行われたことがなく,特にレーガン政権以降の司法省反トラスト局は刑事訴追の対象をハードコア・カルテルに限定する方針を維持してきました。司法省は,2016年10月に,従来民事提訴されてきていた雇用に関わる競争制限協定を刑事訴追することがある旨表明し,これも大きな方針転換でしたが,シャーマン法2条違反に対する刑事訴追が実行されるとすれば,比較にならないくらいの大転換になります。そして,司法省は,2016年の方針転換の際には連邦取引委員会と連名のガイドライン(Antitrust Guidance for Human Resources Professionals)を公表しましたが,今回は公式には何も発表されていません。Powers次長の発言が,単に法制上刑事訴追が可能であることを指摘したにすぎないのか,本気で刑事訴追を目指しているのか,企業にとっては不確実性が増しています。
6 最後になりますが,村上先生が編集代表として編纂されました『条解 独占禁止法〔第2版〕』(弘文堂・2022年)が先月刊行されました。2014年末に出た初版に比べ200頁も増え,益々充実した内容になりました。同じ逐条解説でもタイプが異なる白石忠志・多田敏明編著『論点体系 独占禁止法〔第2版〕』(第一法規・2021年)と使い分けると有益ではないかと思います。
また,金井貴嗣先生古稀記念の『現代経済法の課題と理論』(弘文堂・2022年)が1月末に出版されており,基礎理論,実体面(行為類型)からエンフォースメントまで,現下の独占禁止法を巡る主要な課題が幅広く取り上げられています。
こうした研究や分析が可能になるのも,公正取引委員会が違反事件として取り上げ,あるいは被害者が訴訟を提起するという営みがあってこそであり,現状では研究の先細り(研究の素材自体がなくなってしまうこと)も懸念されます。理論と実務を架橋し,理論と実務が相乗的に発展することが求められる中で,公正取引委員会の審査活動の一層の奮起を期待したいと思います。
Booking.com事件の確約計画認定(2022年3月16日認定)
1 公正取引委員会が2022年3月16日,Booking.comに対する確約計画の認定を公表した。宿泊予約サイト運営事業者3社に対し,宿泊施設運営業者との契約における同等性条項(最恵待遇〔MFN〕条項ともいう)が不公正な取引方法(拘束条件付取引)に該当する疑いがあるとして立入検査が行われたのは2019年4月10日である(報道による)。半年後の同年10月25日には,3社のうちの楽天に対する確約計画の認定が行われたが,その後長らく特段の動きが見られなかった。今回のBooking.comの決着により,残るはExpediaのみとなった。
確約手続第1号として早期の問題解決のメリットが強調された楽天事件の処理とは異なり,今回は立入検査から3年近い審査期間を要しており,確約手続の趣旨に沿った処理とは言い難いように思われる。
2 宿泊予約サイト運営事業者による「同等性条項」とは,宿泊施設運営業者との間で締結する契約において「宿泊料金及び部屋数については,他の販売経路と同等又は他の販売経路よりも有利なものとする条件」(楽天事件公表資料)を付す条項のことである。同等性が求められる内容としては宿泊料金及び部屋数,同等性を比較する競合先としては「他の販売経路」全て,すなわち競合する宿泊予約サイト及び宿泊施設運営業者の自社サイトの両方を対象としていることになる。
こうした同等性条件のうち,競合する全ての販売経路との同等性を要求する条件を「ワイド同等性条件」,競合する宿泊予約サイトとの同等性を要求する条件を「ナロー同等性条件」という。大雑把に整理すれば,「ワイド」については競争制限効果が強く,競争法違反となるが,「ナロー」については相対的に弊害が弱く,宿泊施設運営業者によるフリーライド(宿泊予約サイトで情報を得た予約希望者を自社サイトに誘導して直接予約を獲得すること)を防止する上で必要となり得ることから,欧州諸国においても直ちに競争法違反とはいえず,あるいは確約による禁止の対象から除外されてきている(例えば,伊永大輔・寺西直子・小川聖史「連載講座 デジタル・エコノミーと競争法 第4回 最恵国待遇(MFN)条項と競争法」公正取引808号45頁〔2018年〕参照)。
楽天に対する認定確約計画では,「宿泊料金及び部屋数については,他の販売経路と同等又は他の販売経路よりも有利なものとする条件を定めている行為を取りやめること」(楽天事件公表資料)とされており,担当官解説(公正取引832号80頁)では,ナロー同等性条件も禁止される旨示唆されている(なお,この点に関し,平山賢太郎「楽天株式会社から申請があった確約計画を公取委が認定した事例」新・判例解説Watch No.70〔2020年5月22日掲載〕注16も参照)。
これに対し,今回のBooking.com事件では,違反被疑行為が「宿泊料金及び部屋数について,他の販売経路と同等又は他の販売経路よりも有利なものとする条件(ただし,当該契約において定めている,当該宿泊料金について自社ウェブサイト等の販売経路と同等又は当該販売経路よりも有利なものとする条件〔以下「宿泊料金のナロー同等性条件」という。〕を除く。)」を定めていることとされており(同事件公表資料2),宿泊料金について宿泊施設運営業者の自社サイトとの同等性を要求する条件(宿泊料金のナロー同等性条件)は確約手続による処理の対象から除外されている。この除外については,「契約において定めている宿泊料金のナロー同等性条件について,当該宿泊施設運営業者によって必ずしも遵守されていない現状から,確約手続による処理の対象としなかった」と説明されている(同事件公表資料6)。
拘束条件付取引の行為要件(拘束性)自体が充足されていないということかもしれないが,行為要件を含めて違反の疑いのある行為を早期に是正するのが確約手続であり,除外の妥当性や説明の適切性・十分性には検討すべき点があると思われる。ナロー同等性条件について「ただ乗り」問題に言及する報道もあり(3/17朝日),実質的な説明が求められる。
*朝日新聞デジタル(3/16 18:23)では,更に詳しく次のように報じており(下線追加),公表資料では全く言及されていないことがプレスには説明されていることを伺わせる。
「公取委は今回,調査の結果,「ただ乗り」の影響は限定的だと判断。問題性があると結論付け,同社にも伝えた。(改行)一方、日本では条項を守らずに価格を決める施設が多く、同社も厳格に対応しておらず、「現状は問題ない」と説明。撤廃を求めて同社と争えば解決に時間がかかるとして、同社が今後、対応を変えれば厳正に対処するとしている。(改行)担当者は「事業者の価格設定を拘束する行為には特に厳しい対応が必要になるという考えを示した」と話し、自社サイトの価格について圧力を受けているとの情報があれば、提供してほしいとしている。」
宿泊料金のナロー同等性条件の除外が本件処理のポイントであり,楽天事件と同様にナロー同等性条件も禁止したい公正取引委員会と,ナロー同等性条件が多くの法域で容認されている(前掲伊永ほか50頁参照)として難色を示すBooking.comとの折衝が難航し,審査が長期化していたのではないかと思われる。結局,宿泊料金のナロー同等性条件については確約手続の対象外とし,将来の審査の余地を残すことで公正取引委員会が譲歩した,ということかもしれない。公正取引委員会がBooking.comに対して行った確約手続通知において,「違反被疑行為の概要」として初めから宿泊料金のナロー同等性条件が除外されていたのか,気になるところである(確約手続に関する相談により事前に決着していた可能性も高いが)。
3 Booking.com事件の公表資料3は,「違反被疑行為による影響」として,宿泊料金に係る同等性条項による影響について,「当該宿泊施設運営業者は,…例えば,Booking.comサイト以外の宿泊予約サイトに掲載する宿泊料金をBooking.comサイトに掲載するものよりも引き下げた場合,引き下げた宿泊料金と同等又はそれより低額の宿泊料金をBooking.comサイトにも掲載する必要が生じることとなる。」「このため,Booking.com B.V.の…行為により,同社と競争関係にある宿泊予約サイトの運営業者において,例えば次のとおり,自らの事業活動に影響が生じた事例が認められた」として,2例を挙げて説明している。
同等性条件がもたらし得る競争効果は多面的であり,例えば,アマゾンジャパン(マーケットプレイス同等性条件)事件(2017年6月1日公表:自発的改善措置による審査終了)の公表資料では,次のように整理されている(下線追加)。
「電子商店街の運営事業者が出品者に価格等の同等性条件及び品揃えの同等性条件(別紙参照)を課す場合には,例えば次のような効果が生じることにより,競争に影響を与えることが懸念される。
[1] 出品者による他の販売経路における商品の価格の引下げや品揃えの拡大を制限するなど,出品者の事業活動を制限する効果
[2] 当該電子商店街による競争上の努力を要することなく,当該電子商店街に出品される商品の価格を最も安くし,品揃えを最も豊富にするなど,電子商店街の運営事業者間の競争を歪める効果
[3] 電子商店街の運営事業者による出品者向け手数料の引下げが,出品者による商品の価格の引下げや品揃えの拡大につながらなくなるなど,電子商店街の運営事業者のイノベーション意欲や新規参入を阻害する効果」
また,有力な宿泊予約サイト運営事業者3社が並行的に同様の同等性条件を付しているとみられる本件では,宿泊施設運営事業者間の料金競争への影響も考えられる。
前述したとおり,今回のBooking.com事件の公表資料では,宿泊料金に係る同等性条件が及ぼす競合宿泊予約サイト運営事業者に対する影響のみに言及している。宿泊料金のナロー同等性条件が確約手続の対象から除外されたこともあり,このような説明になっている面もあると思われるが,物足りなさが残る。もっとも,楽天事件の公表資料では一切説明されていなかったことからすれば,一歩前進といったところかもしれない。
4 米国製テニスラケット「ウィルソン」の輸入総代理店による並行輸入妨害事件(2020年9月9日立入検査報道)について,確約認定申請がなされたと報道されている(3月15日)。単独行為については排除措置命令を行うことはもはや想定されていないのかもしれない。今後も多用されると見込まれる確約手続について,制度及び運用の改善が望まれる。栗田誠「独占禁止法上の確約手続の課題」同志社法學73巻6号317-353頁(2021・12・31)参照。
公正取引委員会は,最近,「エンフォースメント」と「アドボカシー」を車の両輪とするという説明をよく用いています(例えば、古谷公正取引委員会委員長の「年頭所感」参照)。以前は「法執行」と「政策立案」という表現が用いられており,これは,例えば「21世紀にふさわしい競争政策を考える懇談会」提言書(平成13・11・14)で「独占禁止法の執行力の強化」と「政策提言機能の強化」が挙げられていたことを受けたものといえます。しかし,令和3年6月18日に閣議決定された「成長戦略実行計画」において「競争の活性化に関する唱導(アドボカシー:提言)」という表現が用いられたこともあり,「アドボカシー」の用語が多用されるようになりました。なお,「アドボカシー」という用語自体は,競争法の分野では「競争唱導(competition advocacy)」として世界的に古くから用いられてきており,目新しいものではありません。
問題は,エンフォースメントとアドボカシーの両輪がバランスよく機能しているかということです。両輪のバランスを欠いては,車は真っ直ぐに進まないばかりか,転覆しかねません。公正取引委員会の昨今の活動をみると,明らかにアドボカシーにウェイトがあり,エンフォースメントは極めて限られています。特に独占禁止法のエンフォースメントが2年に及ぶ新型コロナ禍による審査活動上の支障に大きく影響されていることは明らかでしょう。「公正取引」の本年1月号に掲載されている井上朗弁護士の「EU競争法における最近の調査手続」を拝読しましたが,公正取引委員会も審査手続・審査手法の革新を図る必要があると感じられます。
また,エンフォースメントとアドボカシーの区別が曖昧になってきていることにも注意が必要です。違反事件の審査結果が,排除措置命令(違反認定・法適用)ではなく,確約計画認定でもない,自発的措置による審査終了という処理が続いています。他方,アドボカシーの一手法としての実態調査においては,制度面を含む競争政策的課題の指摘よりは,独占禁止法上の具体的な問題点の指摘に重点があり,さらに,単に問題点を指摘するにとどまらず,自主的な点検結果の報告を求めるという手法により,実質的な行為規制となっています。こうした違反事件処理や実態調査に基づく是正指導は,関係事業者にとって手続的保障を欠き,司法審査を受ける機会自体を奪うものであり,逆に,公正取引委員会にとっては「安上がり」で,裁判所に行かなくて済み,リスクを完全に回避できる便利な手法です。関係事業者においても,違反認定・法適用に比べれば受入れ可能であり,最小限の対応で上手く収めようとしているように感じられます。しかし,こうした手法が独占禁止法のルール形成の機会をなくし,長期的に見て,独占禁止法の発展を損なうことになり,大変大きなコストを払うこととなりかねません。
公正取引委員会には,エンフォースメントとアドボカシーの両輪をバランスよく進めていくことを期待したいと考えています。
1 11月18日に「アジア競争協会(Asia Competition Association:ACA)」という,日本,中国及び韓国の競争法関係の弁護士や研究者で組織する団体の年次会合がウェブ方式で開催されました。因みに,現在の会長は上杉秋則氏が務めておられます。今回の会合では,次の3つのセッションが組まれ,日中韓のそれぞれのパネリストからの報告と討議というプログラムです。いずれのセッションでも,デジタル経済に対する競争法の取組を考えることがモチーフとなっています。
セッション1 デジタルプラットフォームによる支配的地位濫用の規制
セッション2 デジタル経済における企業結合規制の市場画定と競争制限効果の認定
セッション3 ソフトな是正措置手続(確約と調停に関連する課題)
私は,セッション3において「独占禁止法による公正取引委員会の非公式措置―法執行機関の死?(Informal Measures by the JFTC under the AMA—Death of Law Enforcement Agency?)」と題して報告しました。今回は,私の報告の概要や会合の感想を紹介します。
2 私の報告では,公正取引委員会(公取委)が,①違反事件審査よりむしろ,実態調査手法を多用していること,②違反事件審査を行う場合にも,排除措置命令ではなく,確約計画認定や自発的措置による審査終了といった措置を多用していることを指摘し,これでは法執行機関としての死を意味するのではないかという問題提起をしました。公取委が重点的に取り組んでいるデジタル分野における活動は現下の世界的傾向にも合致し,大きな成果を上げていると評価されていると思います。しかし,その内容を見ると,問題点の迅速な解消を優先し,その前提となる事実認定や競争上の弊害の把握,法適用等に関する詰めが十分ではなく,少なくとも公表資料からはそれらを十分に伺い知ることはできないと感じます。
実態調査手法の現状や問題点については,最近の会長コラム「公正取引委員会の『実態調査』手法と『市場調査』の制度化」(2021年10月26日掲載)において詳述していますが,デジタル分野では様々な取引形態や細分化された分野に関する実態調査が行われてきており,また,クラウドサービスやモバイルOSなど,新たな調査の開始が公表されています。違反事件の処理についても,会長コラム「アップル(リーダーアプリ)事件(公取委令和3・9・2公表)」(2021年9月7日掲載)においてアップル事件(自発的措置による審査終了)を検討する中で論じていますが,あらためてここ数年のデジタル分野の違反事件を概観すると,排除措置命令は皆無であり,確約計画認定又は自発的措置による審査終了が目立ちます。AmazonやAppleの事件も含まれており,グローバル企業(ないしはその子会社)を相手に一見大きな成果を上げているように受け止められがちですが,中途半端,腰砕けという評価もできるでしょう。
なお,アップル事件について,公正取引853号に担当官解説が掲載されていますが,それを読んでも,なぜ排除措置命令や確約の手続が採られなかったのかを理解することはできませんでした。
3 公取委自身も,法適用(違反認定による排除措置命令・課徴金納付命令)に至っておらず,不十分な(妥協的な)処理になっているのではないかという批判を気にしているようです。例えば,確約計画認定事例に関する担当官解説には,排除措置命令では従来命じられていない措置が迅速に採られていることを強調する記述が目立ちます。また,従来,実態調査報告書を公表して関係事業者の自発的改善に委ねるにとどまることが多かった実態調査手法について,関係事業者に対して明示的に見直しとその結果の報告を要請するという対応を採り,その旨公表するという積極的な動きが増えているように感じます(コンビニ本部と加盟店との取引,携帯大手3社と販売代理店との契約)。
最近では,公取委の古谷委員長が10月28日の記者との懇談会において,デジタル分野への取組を紹介される中で,独占禁止法の適用以外の手法,すなわち,事件審査における確約手続や事業者の自発的措置による審査終了,実態調査を踏まえた問題指摘・改善要請といった手法が,リソースの制約の中で,デジタル分野のような変化の激しい分野における迅速な問題解決に資することを強調しておられます。これも,公取委の現状や方針を率直に説明されたものと受け止めました。
なお,古谷委員長は,「実態調査などのアドボカシー活動で得た知見や経験を法執行に反映させていく取組も大事だと考えています」(公取委ウェブサイトから引用)とも述べておられ,この点は,実態調査手法の「制度化」を提言する私見と通じるものがあると思います。しかし,これまでの公取委の実態調査報告書の末尾の「今後の取組」には,「独占禁止法上問題となる具体的な案件に接した場合には,引き続き厳正に対処していく」旨の定型的な記述が常に含まれていますが,実際には,実態調査を基にして違反事件審査に発展させるという発想は公取委には乏しかったように感じます(なお,適正手続上の問題点も考えられます)。
4 公取委が規制分野を巡る独占禁止法・競争政策を巡る問題に対して,違反事件審査ではなく,実態調査や研究会による検討・報告書の公表という手法を用いてきたことは広く知られています。規制分野における違反事件は限られており,しかも,その結論は警告等の非公式措置に限られていました。これを大きく変えることになった事例がNTT東日本事件やJASRAC事件であり,いずれも最高裁判決に至った歴史的な事案です。しかし,その後の公取委の規制分野に対する違反事件審査は再び停滞して今日に至っていると思われます。
公取委は,規制分野と同様,デジタル分野でも実態調査手法を活用し,違反事件審査を行う場合にも,排除措置命令に拘ることなく,早期の実際的な問題点の解消を優先させる方針を採っていることは前述のとおりです。バランスの問題かもしれませんが,より事件審査手法を活用し,排除措置命令を目指す活動を期待したいと考えています。
5 ACAの会合では,韓国公正取引委員会(KFTC)や国家市場監督管理総局(SAMR)による積極的な法適用事例・制裁措置事例が報告されました。欧州委員会による活発なGAFA規制や米国競争当局や私人による審査・提訴が相次いで行われ,裁判所の詳細な判決が出てきていることもご承知のとおりです(米国連邦地裁のEpic Games v. Apple判決やEU一般裁判所のGoogle(Shopping)事件判決)。それに対して,我が国における状況は真逆です。「実際的な是正措置が迅速に講じられるのだから,安上がりでよいではないか」,そんな声が聞こえてきそうです。
ACAの研究会合の閉会挨拶では,中国のSAMRの独占禁止局を格上げして「国家独占禁止局」が当日(11月18日)に発足したというニュースが紹介されました。中国や韓国の競争法コミュニティの勢いについては,2年前にも会長コラムで論じたところです(「会長コラム「韓国及び中国の競争法コミュニティの勢い」(2019年10月28日掲載)。日本は,競争法の分野においても韓国や中国を追いかける立場にあることを自覚する必要があります。そして,現状のままでは,彼我の差は拡大するばかりです。公取委の非公式措置の多用・依存を見直すことが必要ではないかと改めて感じたACAのウェブ会合でした。
競争法研究協会会長 栗田 誠
1 本年9月2日に,アップル・インクに対する独占禁止法違反被疑事件の処理結果が公表されました。事件の内容については,「会長コラム アップル(リーダーアプリ)事件」(2021年9月6日)をご参照ください。
アップル事件は,同社の自発的改善措置により審査を終了するという処理結果であり,違反の認定や確約計画認定には至っていないのですが,曲がりなりにも違反事件審査という法執行手続により処理された事案です。しかし,2021年度に入ってからの違反事件の審査結果の公表はこのアップル事件の1件だけですし,新たな立入検査の報道もほとんど見られません(電力・ガスの顧客争奪の制限を巡る事件の立入検査が報道されている程度です)。このままでは,公取委の違反事件審査は先細りです。
近時の公取委は,従来に増して,実態調査とそれに基づく問題指摘・改善指導という手法を多用していると思われます。このところの実態調査を巡る新たな動きとして,次のようなものがあります。
①クラウドサービスに関する取引実態調査の開始(4月14日事務総長定例会見)
②国及び地方公共団体による情報システム調達に関する実態調査(6月5日朝日) ・「情報システム調達に関する意見交換会」の開催(9月1日公表)
③新規株式公開(IPO)に際しての価格形成に関する実態調査(8月12日日経) ・成長戦略実行計画(令和3・6・18)において,「IPO時の公開価格設定プロセスの在り方について,実態把握を行い,見直しを図る。」と明記されている。
④モバイルOS等に関する実態調査の開始(10月6日事務総長定例会見) ・「デジタル市場競争会議」で議論されてきたものであり,同会議が主体となって調査すると報道されていた(6月13日,7月1日日経)。なお,成長戦略実行計画(令和3・6・18)においても,「スマートフォンなどのオペレーティングシステム(OS)を供給するプラットフォーム事業者が,デジタル市場における競争環境に与える影響について,欧米の動向も注視しつつ,競争評価を行う。」とされている 。
⑤ソフトウェア制作業等における取引適正化に関する実態調査の開始(10月20日事務総長定例会見)
また,10月13日の事務総長定例会見では,「携帯電話市場における競争政策上の課題について(令和3年度調査)」(令和3・6・11公表)に基づき,端末購入サポートプログラム及び販売代理店との取引に関する点検及び改善とその結果の報告を公取委がMNO3社に要請していたことについて,3社から点検結果及び改善内容の報告があったことが明らかにされており,大きく報道されました。
ほかにも,コンビニ本部と加盟店との実態調査に基づく問題指摘(令和2・9・2公表)を踏まえてコンビニ本部と加盟店との取引の改善が漸次進められており,また,フィンテックを利用した金融サービスに関する報告書(令和2・4・21公表)で指摘された銀行間送金手数料の高止まりについて引下げの動きが出ているなど,迅速な改善につながっており,こうした公取委の活動は一般的には高く評価されていると思います。現在実施中の実態調査についても,いずれ結果が公表され,何らかの改善の動きへとつながるものと期待されます。
2 このように,近時の公取委の活動は,実態調査ばかりが目立ち,違反事件審査は見る影もありません(排除措置命令は昨年12月のJR東海発注中央新幹線駅舎工事受注調整事件が最後です)。こうした状況をどのように評価したらよいのでしょうか。
10月の月例研究会において,厚谷襄児先生は,審判手続の廃止によって公取委は「準司法的機関」から「合議制行政機関」に変質したと評価されました。抽象的な独占禁止法の規定を個別の違反事件審査を通じて詳細な事実認定と厳密な法適用によって具体的なルール形成を進めていくのが公取委の大きな役割であると考えるならば,実態調査に基づく改善指導が,いわば「安上がりに」一定の成果を上げているからといって,手放しには評価できません。
特に,近時の実態調査に基づく問題指摘が「独占禁止法上の問題」を具体的に指摘するものが多く,本来,違反事件審査として行われるべきものではないかという疑問を拭えません。また,公取委の実態調査では,独占禁止法40条の調査権限を用いるとそれが話題になるくらい,関係者の任意の協力を得て行われています。情報収集の方法として,それで十分であるかはケースバイケースであると思いますが,実効的な情報収集に基づく厳密な事実認定とそれに関する合理的な経済分析や緻密な法的検討が不可欠であることは言うまでもありません。また,現在の公取委の実態調査の実務が実効的で,かつ,関係者にとって公正で透明なものになっているか,事件審査の安易な代替手段となっていないか,振り返ってみる必要があると感じています。
3 私はかねてから,公取委が多用している実態調査の手法を「制度化」することを提案しています。事件審査ではなく,また,単なる提言・唱導活動でもない,特定の市場や取引の実態を調査・分析し,必要に応じて問題点を指摘する競争当局の活動は,一般に「市場調査(market study)」,あるいは「分野調査(sector inquiry)」と呼ばれます。独占禁止法には,こうした活動の手続や権限を定める規定はありません。わずかに,調査のための強制権限(40条)や必要な事項の公表(43条)を定める規定が置かれているだけです(これに対して,事件審査の手続や権限については,多数の条文を置いています)。私は,市場調査の仕組みを制度化して,その実効性を確保するとともに,関係者の手続的保障に配慮すべきであると考えています。
こうした市場調査の手法については,OECD競争委員会やICN(International Competition Network)において度々議論されてきており,次のような成果物にまとめられています。公取委は,こうした成果も参照しつつ,少なくとも公取委規則ないしはガイドラインとして,実態調査の具体的な実施方法を明文化することが求められます。特に,実態調査で得られた情報を基にして,違反事件審査に接続する仕組みを構築することが適切であると考えています。
・ICN Advocacy Working Group, Guiding Principles for Market Studies, 2016. ・ICN Advocacy Working Group, Market Studies Good Practice Handbook, 2016. ・OECD Competition Committee, Market Studies Guide for Competition Authorities, 2018.
4 現在の公取委の活動を大胆に区分すると,ハードコア・カルテルについては違反事件審査により排除措置命令・課徴金納付命令(更には刑事告発)を目指す一方,それ以外の行為類型については排除措置命令以外の法目的実現手法を駆使して迅速で実際的な問題解決を目指すという方向性が明確になっていると感じます。具体的には,違反事件審査における確約手続(これは「法的措置」ですが)の活用や自発的措置による審査終了,企業結合審査,実態調査に基づく問題指摘・改善要請,事前相談に対する回答といった手法です。こうした把握が的確なものであるか,また,それをどのように評価するかについては,今後の課題としたいと考えています。
競争法研究協会会長 栗田 誠
このところ,公正取引委員会からの違反事件関係の発表がほとんどなくなっていることを大変危惧しています。令和3年度(2021年度)上半期における処理結果公表事件は,アップル(リーダーアプリ)事件(令和3・9・2自発的改善による審査終了)の1件にとどまりました。9月10日に令和2年度の年次報告が国会に提出され,公表されましたが,確約計画認定事例が6件あり,法的措置は全部で15件と,表面的には多く見えます。もっとも,そのうち,価格カルテル命令事件6件は愛知県立高校の制服の事件であり,高校ごとに事件処理されているために,いわば「水増し」された件数になっています。現状では,令和3年度の年次報告では紹介する違反事件がほとんどないという事態になりかねない危機的状況ではないかと思います。
日本のことについて余り申し上げることがありませんので,米国の反トラスト当局の動きを少し紹介します(会長コラム「「直近の米国反トラスト法の動き―FTCを中心に」(2021.7.20)も参照」。まず,連邦取引委員会(FTC)では,6月15日にLina Khan委員長が就任され,精力的な動きを見せています。主だったものとして,次のような点が挙げられますが,多くは3名の民主党のFTC委員の賛成によるものです。
①「不公正な競争方法」の執行方針声明(2015年)の廃棄(7/1)
②FTCの法執行活動の優先度・審査権限付与に関する決議(7/1)
③FTCの規則制定権限の活用方針(7/1):FTCは1980年代以降,個別事件審査の手法を重視
④製品の修理制限への取組(7/21):5名一致
⑤合併審査手続に関する1995年方針の廃棄(7/21)
⑥Facebookに対する修正訴状の提出(8/19):6/28の地裁決定を受けたもの⑦垂直的合併ガイドライン(2020年・司法省と連名)の廃棄(9/15):司法省も見直しを公表
⑧FTCのビジョンと優先政策に関するメモの発出(9/22):Khan委員長単独
Khan委員長の強いリーダーシップの下に,次々と従来の方針が廃棄され,あるいは新しい考え方が提示されています。共和党のFTC委員からは,十分な検討時間が与えられないまま,多数決で物事を進めようとする姿勢に強い批判が出ています。また,Khan委員長は「FTCのイカロス」になるのではないかという論評もあります。イカロスとは,ギリシア神話に出てくる人物で,蝋で固めた翼によって自由自在に空を飛ぶ能力を得たものの,太陽に接近し過ぎて蝋が溶けて翼がなくなり,墜落してしまいます。人間の傲慢さが自らの破滅を導くという戒めと理解されていますが,Khan委員長の強引さ,性急さの行く末を危ぶむものです。また,これでは独任制の官庁と変わらず,独立行政委員会としての意味がないという指摘もあります。
反トラスト法の執行においては,経済分析の活用や判例法の制約もあり,党派性が薄れてきていると考えられてきましたが,ここ数年間の反独占のうねりは,在来の理論や判例には捉われない斬新さがある半面,もろさも併せ持っているのかもしれません。8月に連邦地裁に提出されたFacebookに対するFTCの修正訴状は,当初のものに比べて構成がかなり変わり,市場画定など明快な記載になっています。こうした実務的な積み重ねこそが重要なのであって,目新しい方針やアイディアを打ち出すだけでは何も生まれないようにも感じます。
他方,司法省については,これまで目立った動きがありません。反トラスト局担当司法次官補(AAG)に指名されているJonathan Kanter弁護士の上院承認手続(confirmation hearing)がようやく今週始まるようです。9月下旬には,歴代の反トラスト局長9名が党派を超えて,Kanter氏の早期承認を求める書簡を上院に提出していました。Kanter氏は,Googleの競争相手の代理人としてGoogle批判を展開してきた弁護士ですが,承認に際して特段の問題はないだろうとみられています。
FTCのKhan委員長に対してもAmazon等から忌避申立てがなされていますが,承認されればKanter反トラスト局長に対しても様々な申立てがなされると予想されることから,司法省内部で,あるいは上院司法委員会において十分なチェックが行われてきたものと思われます。
10月13日から15日にかけてICN(International Competition Network)の年次会合がオンラインで開催されますので,それに間に合うとよいのですが,いずれにせよ,米国競争当局の両トップが揃い,フル稼働を始める日も近いと思われます。今後の動きが注目されます。
《参考1》米国におけるGAFAに対する反トラスト事件(公的執行のみ)
【Google】
①司法省及び11州が汎用検索・検索広告市場における独占行為について提訴(2020/10/20;審理は2023年9月からの予定)
②10州によるオンライン広告に関する提訴(2020/12/16)
③38州による検索エンジンに関する提訴(2020/12/17):ディスカバリー手続は連邦訴訟と併合
④37州による携帯アプリストアに関する提訴(7/7)
【Facebook】
①FTCが,Instagram 及びWhatsAppの買収とその後の独占維持行為(”buy or bury scheme”)についてDC連邦地裁に提訴(2020/12/9);連邦地裁の決定(6/28)を受けて,FTCが修正訴状を提出(8/19)
②州司法長官による提訴は却下されており,州側が控訴する見込み
【Apple】
〇司法省がApp Storeにおける競合アプリの排除行為を審査中(2019年6月報道)
【Amazon】
〇FTCがMarket Placeにおける利益相反行為(競合品の排除)を調査中
《参考2》Epic Games v. Apple事件連邦地裁判決(2021/9/10)
・ゲーム開発業者がApp Storeでユーザーにゲームを提供しようとする場合に,Appleが他のチャネルの利用を禁止するとともに,外部課金の利用も制限して,30%の高額手数料を徴収していることが問題となっている。
・地裁判決は,連邦やカリフォルニア州の反トラスト法違反(不当な取引制限,独占行為)は認定しなかったものの,カリフォルニア州の不正競争法違反として,アプリ開発業者がユーザーにApp Store外での支払方法の利用を促す誘導措置を用いることを禁止している行為を差し止める命令を下した。
・市場画定について,Epic Games が主張したAppleのApp Storeシステムだけでも,Appleが主張したゲーム市場一般でもない,「デジタル・モバイルゲーム取引市場(digital mobile gaming transactions)」を画定。Appleは同市場で55%以上のシェアを有し,高収益を上げているが,それだけで反トラスト法違反になるわけではないとし,結論的には,プライバー・安全保護のための措置として正当化理由があると判断。
・他方,30%の手数料は不透明で,ユーザーには高価格を,ゲーム開発業者には高費用をもたらしており,Appleはユーザーが代替的な支払方法を認知することを不当に妨げている(ユーザーのinformed choiceを妨げている)と判断し,「不公正な(unfair)」行為に当たると結論。
・Epic Gamesが求めた広範な差止は認めず,Appleが(ゲームアプリだけでなく)全てのアプリ開発業者によるリンク張り,メール連絡等により他の支払方法をユーザーに伝える誘導行為まで禁止している行為(anti-steering provisions)について,(Appleが主張したカリフォルニア州限定ではなく)全国ベースで差し止めるにとどめた。
・Epic Gamesは控訴する意向。Appleは反トラスト法違反が認定されなかったことを強調するコメントを出したが,不正競争法違反には言及せず。
★公正取引委員会によるアップル(リーダーアプリ)事件の公表資料(9/2)はわずか4頁であるが,米国の地裁判決は185頁あり,市場画定や独占行為の有無に関する詳細な事実認定と法適用が示されている。
アップル(リーダーアプリ)事件(公取委令和3・9・2公表)
2021/9/6
公正取引委員会(公取委)の審査事件に関する発表が本年(2021年)4月以降皆無で,コロナ禍の審査業務への影響が大きいことを心配していたところ,9月に入り,デジタルプラットフォーム(DPF)による違反事件として,米国アップル(Apple)のアプリストアに係る審査事件の処理結果が公表された(9月2日)。杉本前委員長が最重点課題として取り組んでこられた巨大DPFに対する違反事件審査がようやく成果を上げたものといえ,これまでの実態調査の報告書とは異なる意味合いを有すると思われる。本件にについて簡単に紹介するとともに,いくつか感想を述べてみたい。
Ⅰ 事件の概要
1 経緯
本件は,アップルが運営するアプリストア(App Store)におけるデジタルコンテンツの販売等(音楽,電子書籍,動画等の配信事業)を巡る事案であり,平成28年10月に審査が開始されている。アップルに対するMNO(携帯キャリア3社)とのiPhoneの取引契約に係る事件と同時期であるが,後者の審査が先行して行われ,平成30年7月11日に処理結果が公表されている(アップルから一部の契約の改定の申出があり,これにより拘束条件付取引の疑いは解消されたとして審査終了)。
本件については,令和3年9月2日に処理結果が公表されており,自発的改善による審査終了(今後,改善措置の実施を確認した上で終了)という点でiPhone契約事件と同じである。
2 審査事実
公表資料によると,本件の審査事実は次のとおりである。
①自らが運営するiPhone向けアプリを掲載するApp Storeにおいてアプリを提供する事業者(デベロッパー)の事業活動を制限している疑いがある(私的独占又は拘束条件付取引等)。
ⓐデベロッパーがApp Storeに掲載するアプリ内でデジタルコンテンツを販売等する場合に,アップルが指定する課金方法(IAP:in-app payment system)の使用を義務付けている。
ⓑデベロッパーに「アウトリンク」(消費者をIAP以外の課金による購入に誘導するボタンや外部リンクをアプリに含める行為)を禁止している。
アウトリンク禁止行為は,IAP以外の課金による販売方法を十分機能しなくさせたり,デベロッパーがIAP以外の課金による販売方法を用意することを断念させたりするおそれがあり,独占禁止法上問題となり得る。
②App Storeに掲載できるアプリの遵守事項を定めたガイドラインの記載や「リジェクト」(ガイドラインを遵守していないと判断されることをいい,リジェクトされるとApp Storeへの掲載ができない)の理由が不明確であると指摘されている。これにより,特定のデベロッパーを排除し,また,デベロッパーの事業活動上の予見可能性を損ない,新規参入や投資を制限する効果を与えるものであり,競争に悪影響を与える可能性がある。
3 アップルの申出
①:音楽配信事業等,雑誌配信事業及びニュース配信事業におけるリーダーアプリ(ユーザーがウェブサイト等で購入したデジタルコンテンツを専ら視聴等するために用いられるアプリ)についてアウトリンクを許容することとし,ガイドラインを改定する)。
②ガイドラインの明確化・アプリ審査の透明性向上の取組を進め,その取組状況について,3年間にわたって年1回,公取委に報告する。
4 公取委の評価と事件処理
アウトリンクの許容により,デベロッパーは,リーダーアプリを活用することで,自らのウェブサイトへのリンクなどを表示できるようになり,IAP以外の課金による販売方法の適用が妨げられる懸念が解消されることから,音楽配信事業等における独占禁止法上の問題を解消するものと認められる。
今後,アップルが申し出た改善措置を実施したことを確認した上で本件審査を終了することとした。なお,アップルの発表資料では,2022年の早い時期に(in early 2022)ガイドラインの改定が発効するとされている。
Ⅱ 若干の感想
1 本件の審査及び処理
①5年近い審査期間を要したことになるが,公取委では「調査期間が長いとは考えていない」(9/2日経速報ニュース)と説明している。いわゆる「アップル税」問題への関心が高まったのは2019年3月11日にSpotifyが欧州委員会に申立てを行い,2020年6月16日に音楽配信サービスについて調査が開始され(2021年4月30日に異議告知書が発出されている〔支配的地位濫用〕),また,2020年8月にEpic GamesがAppleを反トラスト法違反で提訴したことによるものであり,iPhone事件の審査を先行させてきた公取委の本件審査もこの頃から本格化したのかもしれない(両事件の担当は同じようである)。2020年9月に杉本委員長(当時)は,アプリ課金問題を検討していることを認めていた(20/09/03日経記事)。
②公取委にとって,アップルは1980年代末から度々審査対象としてきたものの,法的措置には至らないという苦杯をなめてきた相手であるが,今回も法的措置を採ることはできなかった。
・公取委は,1989年10月3日,アップルコンピュータジャパンや販売元のキヤノン販売に対して並行輸入妨害や再販売価格拘束の疑いで立入検査を行ったが,1991年2月に両社に注意を行って審査を終了した。当時は,内外価格差が大きな政策課題となっており,また,公取委は流通分野や輸入総代理店による競争制限行為に関するガイドラインの作成を検討していた時期であり,日米構造問題協議において独占禁止法・競争政策の強化を米国から求められていた最中であったが,逆に,米国側からは独占禁止法の運用強化の第1号が米国企業相手なのかという指摘もなされていた。
・公取委は,1999年12月7日,アップルコンピュータに対して再販売価格拘束の疑いで立入検査を行ったが,2000年10月3日に同社に警告を行った(担当官解説公正取引603号〔2001年1月号〕82-84頁)。
・その後も,アップルの流通取引が独占禁止法上問題となり得るのではないかという報道が度々なされてきたが,公取委が審査事件として処理結果を公表したものはiPhoneの契約を巡る平成30年7月11日の公表事例(自発的改善等による審査終了)までなかったようである。
・家電量販店のインターネット販売サイト経由の販売の制限(10/04/28日経)
・iPhoneの中古端末の再販売の制限(16/7/28日経)
・ヤフーのゲーム配信に対する妨害(18/8/16日経)
・部品供給業者に対する知的財産権侵害(19/08/07朝日)
③アップルが公取委との合意により世界全体に適用されるガイドラインを改定すると発表したこともあって,巨大IT企業に公取委が初めてチャレンジして成功した事例と受け止められがちであるが,実は公取委は2000年代には様々な先端的な事案を各国競争当局に先駆けて審査事件として取り上げてきた実績があることを忘れてはならない(その結果は必ずしも成功したものばかりではないにしても)。こうした取組が2010年代に途絶えていたことが悔やまれるのであり,今回の審査事件を機に更に積極的な審査活動を期待したい。
☞栗田誠「排除行為規制の現状と課題」金井貴嗣・土田和博・東條吉純編『経済法の現代的課題(舟田正之先生古稀祝賀)』(有斐閣・2017年)175-195頁参照。
④今後,欧州委員会が音楽配信サービスについて,アップルに対して違反認定及び制裁金賦課決定を行うことになると,公取委の今回の先駆的取組が埋もれてしまうおそれもあり(インテル事件の二の舞),欧州委員会の動向が注目される。また,公取委が欧州委員会とどのような執行協力を行ってきたのかも気になるところである。
2 実体面
①審査対象が音楽配信等に限定され,改善措置の対象は雑誌・ニュース配信に拡大されているものの,App Storeの売上げの3分の2を占めるとされるゲームは対象外である。公取委は,「音楽配信,動画配信,電子書籍といった市場では著作権の負担が大きい。…30%の手数料を乗せるとほとんど利益が出ない。アプリ開発者の努力で圧縮することが難しいため着目した」(9/2日経速報ニュース)と説明しており,App Storeにおけるゲームの問題については,「コメントを控える」と応答している。リーダーアプリへの限定には根拠がないとする指摘もあるところ(9/3日経記事における池田毅弁護士コメント),今後の公取委の動向が注目されるが,ゲーム等に審査対象を拡大することにはならないのではないかと思われる。なお,グーグル等の同様の問題を指摘されている事業者についても,公取委では「その他の企業のことは差し控える」と応答している。
②アウトリンクの禁止が私的独占又は不公正な取引方法(拘束条件付取引等)に該当する疑いがあるとされ,公表資料では,アウトリンクの禁止が「IAP以外の課金による販売方法を十分に機能しなくさせたり,デベロッパーがIAP以外の課金による販売方法を用意することを断念させたりするおそれ」があるとのみ説明されている。しかし,もう少し明確に,いわゆるセオリーオブハーム(theories of harm)を説明することが必要ではないか。アウトリンクの禁止がどこの市場における競争をどのようなメカニズムで損なうおそれがあると公取委が考えているのかを具体的に示すことが望まれる。欧州委員会の異議告知書のプレス・リリース(21/4/30)の方が詳しいという状況には問題があると思われる。また,App Storeの実態等に関する関連事実をより詳細に説明することが望ましい。自らの実態調査報告書を引用するのではなく,本件審査の結果を示すべきである。
③公取委は,アウトリンクの許容により独占禁止法上の問題は解消されると評価している。「アプリストアの使用の対価を手数料として徴収すること自体は,独禁法上問題にはただちにはならない」と説明しており(9/2日経速報ニュース),手数料率が30%(一定範囲では15%)という水準であること自体は問題にしないという立場であると思われる。他方,デベロッパーの不満は30%という手数料の高さにもあるように思われ,前記引用の杉本委員長のインタビュー記事でも,優越的地位濫用規定による対応の有効性が指摘されていた。公取委の公表資料では,「拘束条件付取引等」と記載しており,「等」に優越的地位濫用が含まれ,その観点からも審査した可能性はあるが,価格設定自体には介入しないという伝統的立場を維持したものといえる。
3 手続面
①本件審査に関する立入検査の報道はなく,アップルの協力を得つつ,報告命令(依頼)や供述聴取といった手法を用いた審査であったと推測される。「対面やオンラインで聴取を重ね」,「利用者アンケートを行い,ルールが消費者行動に与える影響なども分析」したとされ(9/2朝日),また,公取委も「外国企業は言語の問題もある。国内の通常事件を処理するのとは色合いが違う」(9/2日経速報ニュース)と審査の難しさを吐露している。どの程度内部資料の分析(デジタル・フォレンジック)が実施されたのか分からないが,今後の事件審査への示唆は大きいと思われる。
②アップルは,公取委との「合意」によることを強調しているが,公取委の手続上は,アップルが申し出た改善措置が「(独占禁止法違反の)疑いを解消するものと認められたこと」から,「今後,…改善措置を実施したことを確認した上で本件審査を終了することとした」とされている。公取委は,アップルが今後実施する改善措置により問題は解消すると評価している点で,大阪ガス事件(平成2・6・2公表:自発的改善による審査終了)とは異なっている。大阪ガス事件の公表資料には「公取委が当該措置により違反の疑いが解消されると判断した……旨の記載がなく,将来的には改善後の同社の行為が審査対象となる可能性があると思われる」(大阪ガス事件担当官解説公正取引838号〔2020年8月〕82頁)と解説されている。いずれにせよ,アップルが定めているガイドラインがどのように改定されるかにかかっている面もあると思われ,公取委の十分な確認が求められる。
③アップルのプレス・リリースだけを読むと,公取委が確約計画認定を行ったような印象を受けるが,上記のとおり,そうではない。なぜ公取委は確約手続によらなかったのかという疑問が当然出てくる。公取委は,「確約手続きを使うと,詳細な事実について審査を行う必要があり,さらに時間がかかる。アプリ開発者への影響を一日でも早く取り除くということに重きを置いて,確約手続きをとらず,審査を終了する判断をした」(9/2日経速報ニュース)と説明している。
「確約手続は,排除措置命令又は課徴金納付命令…と比べ,競争上の問題をより早期に是正し,公正取引委員会と事業者が協調的に問題解決を行う領域を拡大し,独占禁止法の効率的かつ効果的な執行に資するものである」(確約手続対応方針1)が,同時に,措置内容の十分性及び措置実施の確実性が認定要件となっており,また,確約計画の不履行に対する制裁等の仕組みがなく,公取委にできることはあらためて審査を行い,排除措置命令等を行うことにとどまるから,公取委としては相当の密度の審査を行っておくことが必要と考えられているのかもしれない。今回の措置により,公取委が,確約手続以外に,従来からの「自発的措置による審査終了」という処理方法を引き続き用いていく方針であることがはっきりしたといえる。
公取委は排除措置命令を目指していたとされており(9/2朝日),少なくとも「法的措置」として位置付けている確約計画認定を行うことが目指されていたものと推測される。しかし,確約手続の利用については,アップル側が応じなかった可能性もある。アップルとしては,公取委との間の問題だけではなく,欧州委員会をはじめとする各国競争当局の手続や民事訴訟を抱えているだけに,なるべく非公式な方法による決着を望むことは自然なことであるし,公取委としても,確約通知を一方的に行っても申請を強制できない以上,排除措置命令を行えるだけの理屈や証拠が得られる見込みがないとすれば,自発的改善による審査終了という処理を選択せざるを得なかったということかもしれない。
④アップルのプレス・リリースには,「この合意は日本の公正取引委員会との間の合意によりされたもの」,「Appleは日本の公正取引委員会に深い敬意を表し,これまでの共同の努力に感謝いたします」といった表現が含まれている。こうした賛辞をどのように受け止めればよいか。さすがに,Microsoftが1998年のブラウザ事件(平成10・11・20警告:OSとブラウザの一体化)について,「反トラスト法(米独禁法)より厳しい日本の独禁法で違反性が認められなかったのは,大きなニュース。勇気づけられた」(08/11/24日経産業)とコメントし,IntelがCPU排他的リベート事件(勧告審決平成17・4・13審決集52巻341頁)について,公取委の勧告を応諾しつつ,「独禁法違反にあたる事実はない」が,「措置に従っても取引に問題は生じない。審判手続きに入れば取引先に迷惑がかかる可能性もあるため」(平成17・4・1日経夕刊)と説明していた頃とは少し違うようである。しかし,この賛辞には,違反認定をされなかったこと,特に私的独占と認定されなかったこと,対象がリーダーアプリに限定されることへの安堵が含まれているのではないかと感じられる。
直近の米国反トラスト法の動きーFTCを中心に
ここ1か月くらいの間に,米国では反トラスト法・競争政策を巡って様々な動きがありましたので,いくつかご紹介したいと思います。バイデン政権下の連邦競争当局が始動し始め,暫くは目が離せない展開になりそうです。
第1には,何といっても,連邦取引委員会(FTC)の委員長にリナ・カーン(Lina Khan)氏が就任したことです。コロンビア大学ロースクールの准教授であった同氏がFTCの委員に指名されたことは4月の月例研究会の冒頭挨拶で紹介しましたが,委員長の指名権限を有するバイデン大統領は上院の承認を得た同氏を委員長に指名しました。因みに,もう一つの競争当局である司法省反トラスト局担当の司法次官補(Assistant Attorney General)の指名は未だなされていません。
カーン委員長率いるFTCは,早速,果敢な動きを見せています。7月1日の初めての公開の委員会会合において,①FTCの規則制定手続の迅速化,②FTC法5条の「不公正な競争方法(unfair methods of competition)」に関する2015年公表の執行方針(FTC, Statement of Enforcement Principles Regarding “Unfair Methods of Competition” Under Section 5 of the FTC Act, Aug. 13, 2015)の廃棄,③法執行の優先分野における強制調査権限の包括的授権という重要な決定を3対2のパーティ・ライン(党派に沿った票決)で行いました。FTCが連邦議会から与えられている権限を最大限活用しようということであると思いますが,共和党の委員からは,内容面はもとより,進め方が拙速にすぎるという批判が出ています。
特に,不公正な競争方法に関する2015年の執行方針については,長年にわたる議論の蓄積や判例の展開がある中で,民主党オバマ政権下のラミレス委員長時代に妥協の産物として漸く出来上がったものであっただけに,それを廃棄し,シャーマン法及びクレイトン法の規制範囲を大きく超える形での積極的な不公正な競争方法規制については今後,議論を呼びそうです。
また,これまでも様々な事案でFTCの審査対象となってきているAmazonは,6月30日にFTCに対し, Amazonに対するFTCの意思決定手続においてカーン委員長は回避すべきであるとする申立てを行いました。カーン委員長がこれまでAmazonの反トラスト法違反を論文等で主張してきており(Lina M. Khan, Amazon’s Antitrust Paradox, 126 Yale L.J. 710-805 (2017)が代表的),明らかな予断・偏見を有しており,公正な判断が期待できないことを理由とするものです。この点は,上院公聴会においても質問が出ており,カーン氏は個々の事案ごとにFTCの倫理担当者と相談すると応答していたようです。FTC規則には,委員の資格喪失(disqualification)に関する手続規定があり,実際にも,前職における関与,個人的・金銭的利害関係,予断・偏見等を理由とする当事者からの申立てや委員の回避がしばしば行われてきています*。FTCではAmazonによる企業買収事案が審査されることになっており,今後どのように展開するのか注目されます。
*少し古いのですが,栗田誠「米国連邦取引委員会における委員の資格喪失」同『実務研究 競争法』(商事法務・2004年)183-198頁参照。
*AAI(American Antitrust Institute)は,6月24日にバイデン大統領宛てに,速やかな司法省反トラスト局長の指名を求める書簡を発出していますが,人選に際しては事件処理手続からの回避が少ないことを考慮要因の一つとすべきことを指摘しています。FTCのカーン委員長のことを念頭に,特に独任制である司法省反トラスト局のトップの人選に関して注意を促したものといえます。
第2に,7月9日にバイデン大統領は,「米国経済における競争促進に関する大統領令(Executive Order on Promoting Competition in the American Economy)」に署名しました。過去数十年間に米国経済の寡占化が進行し,経済成長やイノベーションを阻害しているとして,連邦行政機関に対して全部で72項目に及ぶ競争促進策を採るよう促すものです。特に,①司法省反トラスト局及びFTCに反トラスト法を厳正に執行することを求めるとともに,提訴されなかった企業結合に対して事後に提訴することが現行法上できることを確認し,②労働,農業,ヘルスケア,ハイテクの各分野に法執行の重点があることを表明し,③国家経済会議(National Economic Council)の委員長の下に「大統領府競争評議会(White House Competition Council)」を設けることを内容としています。大統領令を受けて,司法省反トラスト局のパワーズ局長代行とFTCのカーン委員長は,同日に連名で,現行企業結合ガイドラインが過度に許容的でないか精査する必要があり,改定に向けた共同の見直し作業を速やかに開始する旨表明しています。
第3に,連邦議会でも,反トラスト法やその執行を強化することを内容とする法案が多数提出されています。その内容は様々ですが,6月に下院に提出された法案にはデジタル・プラットフォーム(DPF)に対するEUスタイルの事前規制アプローチを採り(法案名が「プラットフォーム独占禁止法案」,「プラットフォーム独占終了法案」等とされています),DPFに対するデータ・ポータビリティの義務付け,利用事業者と競合する事業の禁止,自己優遇(self-preferencing)の禁止,企業買収の実効的な規制等が含まれています。もっとも,こうしたDPF規制については議論が大きく分かれており,法案成立に向けての調整は容易ではないと思われます。最も確実に実現しそうなものは合併事前届出の手数料を引き上げる法案に含まれている反トラスト当局に対する予算配分の増額です。この点は,我が国のように増分主義(incrementalism)ではありませんので,競争当局のリソースは減るのも早いが,増えるのも早い,連邦議会の考え方次第であるとあらためて感じます。我が国でも,公正取引委員会の体制強化が課題となっていますが,この夏の予算編成でどのようになるでしょうか。
こうした現下の動きをみていると,1970年代後半以降の消費者厚生を重視し,ハードコア・カルテル以外の規制,特に独占行為規制に慎重であった米国反トラスト法の執行が大きく変わっていくという印象を受けるかもしれませんが,事はそう簡単ではありません。反トラスト当局が積極的に法執行を進めようとしても,1970年代後半以降に確立されてきている反トラスト判例法がその行く手を阻むことが予想されます。いわゆる「レーガン大統領の遺産」と呼ばれてきたものであり,特に連邦最高裁の現在の構成は,トランプ政権下末期の最高裁判事の駆け込み指名もあって,保守的な判断に傾きやすくなっています。そうした判例法の制約を別にしても,(非法的な手法を多用する公正取引委員会と異なり)法執行として行われる反トラスト当局の活動が裁判所による厳格な審査を受けることは当然です。
日本でも大きく報道されましたが,FTCが昨年12月に提訴したFacebook事件において,DC地区連邦地方裁判所は,FTCの訴状を棄却する決定を6月28日に下しました。FTCの訴状では,Facebookが60%超の支配的なシェアを有すると主張されていますが,シェアを算定する的確な方法を提示できていないこと,7年前に行われた競合アプリの排除行為について差止を請求する権限を欠いていることを理由としているようです。FTCには,訴状を出し直したり,自らの審判手続で審理したりする選択肢があるようですが,FTCの次の動きが注目されます。
また,法執行の手段についても,連邦最高裁は,本年4月22日,FTCの金銭的回復措置の権限を否定する判決を全員一致で下しています(AMG Capital Management LLC v. FTC)。FTC法13(b)条は,FTC法違反行為についてFTCが裁判所に差止請求をする権限を与えており,FTCは同条を根拠に,恒久的差止請求に付随して金銭返還(restitution)や利益剥奪(disgorgement)といった衡平上の金銭的措置を請求することができると解釈し,消費者保護分野を中心に活用してきていました。反トラスト法(競争法)分野での活用に対しては反対論も強く,FTCも実際にはほとんど用いていませんでしたが,消費者法分野では確立されたものと考えられてきました。今回の最高裁判決は,消費者法に関わる事案でしたが,同条が将来に向けた差止請求の規定であって,遡及的な金銭的救済のための規定ではないと明確に判示しています。判決を受けて,FTCは,この問題の立法的解決を連邦議会に要請しています。今後,FTCが積極的に進めようとする規則制定による法執行についても,裁判所が重要な鍵を握ると思われます。
競争法研究協会会長 栗田 誠
1 今回は,競争法・競争政策に関する新刊を2冊紹介します。タイプが異なる2冊ですが,是非ご一読ください。
2 昨年12月の月例研究会では,東京大学の大橋弘先生に「転換点を迎える競争政策―人口減少とデジタル化のもたらす課題と政策の方向性」と題してご講演いただきましたが,大橋先生は最近,『競争政策の経済学 人口減少・デジタル化・産業政策』(日本経済新聞出版・2021年4月)を出版されました。本書は,次のように構成されています。
序 章 転換点を迎える競争政策
第Ⅰ部 市場支配力と産業組織論
第1章 競争政策と産業組織論
第2章 経済の「寡占」化と競争政策のアプローチ
第Ⅱ部 競争政策が注目する産業分野
第3章 公共調達における競争政策
第4章 携帯電話市場における競争政策――アンバンドリングの効果
第5章 電力市場における競争政策――システム改革の評価
補 論 地球温暖化対策における競争政策の視点――再生エネ政策からの学び
第Ⅲ部 人口減少時代における競争政策
第6章 人口減少局面に求められる企業合併の視点
第7章 競争政策と産業政策の新たな関係
第Ⅳ部 デジタル市場における競争政策
第8章 デジタルカルテルと競争政策
第9章 デジタル・プラットフォームと共同規制
終 章 ポストコロナ時代に求められる競争政策の視点
大橋先生にはこれまでにも,市場画定やデータ,デジタル経済といった,本書が扱っているテーマについてご講演をいただいてきております。このことは,本書で取り上げられている様々な政策課題に私どもではいち早く触れることができていたことを意味しますし,また,大橋先生におかれても思索を深める機会として当協会の月例研究会をご活用いただけたのではないかと拝察いたします。
大橋先生の新著の内容を詳細に紹介するだけの能力はありませんが,体裁こそ啓蒙書的なスタイルであり,読みやすく著述されているものの,内容的には正に研究書であると感じました。ここ10年程の間に発表されてきた研究論文を基に,実証分析や政策分析の成果を盛り込みつつ,競争政策が直面する課題を取り上げ,「競争政策を問い直す」本書は,独占禁止法や競争政策に関心を持つ者にとって必読の文献になることは間違いないと思います。同時に,独占禁止法の運用や競争政策の展開によって大きな影響を受ける企業やその関係者にとっても,本書を紐解くことで,今後の動向を予測し,適切に対応するための重要な手掛かりを得ることができると考えます。
3 産業組織論からの競争政策論の新刊書を紹介しましたので,次は,比較法的な観点からの競争法の入門書を紹介します。それは,比較競争法の泰斗David J. Gerber教授(米国Chicago-Kent College of Law名誉教授)の Competition Law and Antitrust, Oxford University Press, 2020の邦訳です(デビッド・ガーバー著/白石忠志訳『競争法ガイド』(東京大学出版会・2021年6月予定)。
特定の法域に囚われることなく競争法制度の目的や枠組,法域間の共通性と差異性,競争法の世界的潮流と変化の動向を概説する同書は,条文の細かな解釈論に陥りがちな独占禁止法のテキストとは異なり,競争法についての視野を拡げ,比較し,変化を予測する能力を高めてくれます。
本書にとって東京大学の白石忠志教授が最適の訳者であることも,『独禁法講義』の読者であれば直ぐに理解できることと思います。出版社のHPによれば,白石教授による解題も付されているようですので,私自身,原書を既に読みましたが,『競争法ガイド』の出版を心待ちにしております。
ガーバー教授の著書の邦訳をご紹介したもう一つの理由は,当協会が2002年9月に,日本貿易振興会(JETRO)の支援を得て,北京で開催しました「『競争政策と経済発展』に関する北京会議」にガーバー教授も参加されており,私自身,教授の広い視野と深い学識に直接触れる機会を得ていたことにあります(会議の模様については,国際商事法務30巻11号(2002年11月)1535-1537頁で簡単に紹介しています)。それ以来,ガーバー教授の著作には必ず目を通すようにしてきました。その代表的著作がGlobal Competition: Law, Markets and Globalization, Oxford University Press, 2010であり,滝川敏明教授が公正取引718号(2010年8月)83頁で紹介されています。
4 本日ご紹介した『競争政策の経済学』と『競争法ガイド』は,今後の競争法・競争政策を考える際の必読書になるものと思います。当協会がこうした優れた著作に間接的ながらも多少の関わりを持ち得たことは大変光栄なことであり,あらためて両先生に感謝申し上げる次第です。
競争法研究協会 会長 栗 田 誠
1 前回3月の月例研究会以降の独占禁止法・競争政策関連の出来事について,いくつか簡単に紹介します。
3月の月例研究会では確約手続の運用状況を取り上げましたが,3月中に新たに2件の確約計画認定事例が出ています。1件はBMWの輸入車の押し込み販売による優越的地位濫用が疑われた事件であり,もう1件はコンタクトレンズの価格広告やインターネット販売の制限の疑いであり,3社同時の立入検査事案で,最後の3社目の確約認定に至ったものです。
従来,年度末や人事異動を控えた6月には比較的多くの審査事件の結果が公表され,排除措置命令が相次いで出ていましたが,近年では,審査期間が長期化していることもあってか,審査事件に関する発表は随分少なくなった印象があります。2021年(令和3年)に入ってからの3か月半で,審査事件関係の公表は,マイナミ空港サービスの課徴金納付命令(排除措置命令は昨年7月)と前述の確約認定2件にとどまっています。コロナ禍の審査業務への影響ということも気になる点です。
また,3月末に「デジタル市場における競争政策に関する研究会」の「アルゴリズム/AIと競争政策」に関する報告書が公表されました。この報告書については,事務総長の定例会見(3/31)において興味深いやり取りがありました。記者から,この報告書が理論的な整理にとどまっており,公取委の実態調査や事件審査を期待する観点からの質問が出ています。それに対する事務総長の応答は,何とも歯切れの悪いものにとどまっているという印象を受けました。私も,月例研究会で公取委の動きを紹介する中で,「公取委には,実態調査ばかりやっていないで,審査事件をやってほしい」という思いを度々申し上げているわけですが,今回の報告書は,実態調査報告でもなく,その前の理論武装の段階ということです。新たな問題に対しては,走りながら考えるという姿勢も必要なように感じます。
今週の事務総長定例会見(4/14)では,クラウドサービスに関する新たな実態調査を始めるという発表があったと報道されていますが,是非審査事件にも力を入れてほしいと思います。今週火曜日(4/13)には,公取委が電力会社同士の大口顧客の争奪制限の疑いで立入検査を行ったというニュースが飛び込んできました。大変インパクトのある事件であると感じますが,審査の行方を注視したいと思います。
2 年度初めですので,2020年度(令和2年度)の審査事件の動向を簡単に振り返ってみます。2020年度中に公表された審査事件の処理状況を行為類型と措置区分により分類すると,次表のようになります。(※表;別途)
2020年度の審査事件の状況について,次のような感想を持ちました。
①ハードコア・カルテルでは,独立行政法人地域医療機能推進機構医薬品談合事件の刑事告発と,これも刑事告発されたJR東海リニア中央新幹線品川駅・名古屋駅新設工事談合事件の排除措置命令・課徴金納付命令を除くと,小型の価格カルテル(制服)が2件にとどまりました。2019年度には大型の価格カルテル事件が相次いだことに比べると,少し寂しい状況です。
②排除型私的独占について,排除措置命令がJASRAC事件(平成21・2・27排除措置命令)以来,11年振りに出て,初めての課徴金納付命令も行われたこと(マイナミ空港サービス事件)は特筆 されますが,大阪ガス事件の処理(自発的措置による審査終了)には疑問もあります。
③優越的地位濫用事件が確約手続で処理される流れが明確になってきているように思われます。なお,ラルズ事件審決が東京高裁で全面的に支持されましたが(東京高判令和3・3・3〔請求棄却〕),他の係属事件を含め,今後どのように展開するのか注視する必要があると考えています。
④電通や日本プロ野球組織のような,社会的に注目された事件の処理が公表されましたが,その他の事件はどのように処理されているか気になります。
⑤法的措置(排除措置命令及び確約計画認定)は年間10件程度という状況にあります。また,全体に審査件数が減少してきているのではないかと感じられます。
3 世界に目を転じますと,Big Techに対する競争法審査の動きが目立ちます。米国やEUにおける動きについては,これまでも簡単に紹介してきましたが,ここへきて中国が自国のハイテク企業に対して強硬姿勢を見せています。中国国家市場監督管理総局(SAMR)が今月10日,ネット通販最大手のアリババに対して,出店企業に競争者との取引を禁止していることが市場支配的地位の濫用に当たるとして,約3000億円の制裁金を課したと発表しました。アリババ集団については,昨年から金融当局との関係も取り沙汰されており,今回のSAMRの処分も純粋に競争法の観点からのものなのか,様々な報道や論評もなされています。もっとも,アリババがSAMRの処分に異を唱えることはあり得ないわけで,この点は米国やEUにおいて厳しく,長い法廷闘争が展開されている状況とは様相が異なります。
また,米国では,バイデン大統領が3月5日,競争政策担当の大統領特別補佐官にTim Wuコロンビア大学教授を任命し,連邦取引委員会委員にLina Khanコロンビア大学准教授を指名しました。両氏とも,企業分割も辞さないという強硬論者であり(米国では一般には使われない“anti-monopoly”という文言を常用する),Tim Wuの“The Curse of Bigness”(今月,邦訳『巨大企業の呪い』(朝日新聞出版)が刊行されました)やLina Khanの“Amazon’s Antitrust Paradox”はこの分野のバイブルのようになっています。40年前のレーガン政権下ではBaxter司法省反トラスト局長をはじめ,スタンフォード大学関係者が多数登用され,「スタンフォード旋風」と呼ばれましたが,バイデン政権下ではコロンビア大学が人材供給源でしょうか。
日本でも,昨年制定された特定デジタルプラットフォーム取引透明化法が本年2月に施行され,4月1日には,アマゾン,楽天,ヤフー,アップル,グーグルの5社が同法の規制対象となる事業者として指定されました。今後,こうしたBig Techに対する独占禁止法をはじめとする各種の法令による取組がどのように展開していくのか,引き続き注目したいと思います。
競争法研究協会 会長 栗田 誠
1 今月は,志田至朗先生に「確約制度」の運用状況と今後の展望について解説していただきます。確約制度の施行から2年余り経過しましたが,既に6件の確約計画認定事例があり,先週も,優越的地位濫用に係る審査事件について,確約計画の認定申請がなされたという報道がありました(BMWジャパン事件)。確約手続による違反事件処理は審査実務にとって極めて重要な意味を持つに至っており,認定事例がある程度蓄積された現時点で,これまでの運用状況を分析し,制度の評価や実務上の対応を考えておくことは極めて有意義であると思います。
2 振り返りますと,2005年(平成17年)の独占禁止法改正により事前審判から事後審判に移行しましたが,事後審判に対しては厳しい批判があり,また,審査手続上の問題点も指摘されるなど,独占禁止法の違反事件処理手続に関する様々な議論が行われていました。そうした中で,競争法研究協会では,伊従寛会長(当時)のイニシアティブにより,2008年夏に「独禁法手続研究会」を組織して集中的な検討を行い,同年10月に「独占禁止法違反事件処理手続意見書」を公表しています(意見書の全文は協会HPに掲載。その概要について,松下満雄「公正取引委員会審判制度改革の方向」NBL898号14頁(2009年)参照)。
私も,この手続研究会において「競争法違反事件処理における和解(略式)手続の現状と課題」と題して報告する機会をいただき,2005年改正後の独占禁止法違反事件処理手続が硬直的であり,米国反トラスト法の「同意(consent)」手続やEU競争法の「確約(commitment)」手続をモデルにした柔軟な和解的手法を導入する必要があることを指摘しました。そして,意見書の提言項目の一つに「略式の同意命令手続」の導入が含まれており,この意見書が先駆的かつ実践的なものであったことを示していると思います。
実際に導入された確約手続の仕組みや運用は,意見書で提言していたものとは異なる面があり,重大な欠陥を抱えていると考えておりますし,また,個々の確約認定事例についても,月例研究会で配布している「競争法関連の動き」の中で批判的に紹介してきています。本日の志田先生の分析を伺い,私自身,あらためて考えてみたいと思っています。
3 前回の月例研究会以降の独占禁止法・競争政策関連の出来事について,いくつか簡単に紹介しておきます。
まず,政府の「成長戦略会議」における競争政策の在り方に関する議論(2月17日)を紹介します。成長戦略会議の有識者委員である竹中平蔵氏のイニシアティブで始まった議論では,公正取引委員会による競争唱導(アドボカシー)の重要性が指摘され,公正取引委員会のアドボカシー機能の強化が必要であると強調されており,それ自体は適切なものであると考えています。市場における競争のルールである独占禁止法の執行だけでなく,その前提となる市場の構築や参入,イノベーション等に関わる競争政策の展開が重要であることは言うまでもありません。しかし,アドボカシーが法執行に代替できるわけではありません。伊従先生は,違反事件の個別的な処理の積み重ねを通したルール形成という判例法的な性格を独占禁止法が有していることを常に強調されていました。地道な違反事件審査ではなく,設計主義的・介入主義的な政策対応は副作用やリスクも大きいことに留意する必要があります。また,公正取引委員会がアドボカシーに力を入れる反面,法執行が二の次になってしまう事態も懸念されます。
なお,成長戦略会議では,経済界の有識者委員から企業結合規制に対する注文が出ています。実効性を欠く企業結合規制が集中度の高まりをもたらし,参入障壁の形成につながっているのではないかという問題意識が世界的に強まっている中で,どこまで正当性を持つ議論であるのか疑問ですし,政策や制度を論ずる場において法執行問題を取り上げるセンスも理解し難いところです。
4 次に,法執行の関係で2点申し上げます。一つは,排除型私的独占に係る初めての課徴金納付命令が2月19日に出たことです。平成21年改正で導入されましたので,何と10年以上かかったことになります。空港における航空燃料の販売への新規参入者を排除しているという事案であり,排除措置命令自体は昨年7月7日に行われています(マイナミ空港サービス事件)。違反行為が続いていることから,排除措置命令に従って違反行為の取りやめ等の措置が採られたことで違反行為はなくなったと認められたことから,違反行為期間が認定され,所定の方法で計算された612万円の課徴金の納付が命じられました(なお,本件命令については,取消訴訟が提起されています。)。昭和52年改正で不当な取引制限の課徴金制度が創設され,その第1号の課徴金事件の審査を担当しましたが,小規模な価格カルテル事件で,課徴金の総額は500万円余りであったと記憶しています。小さな額でスタートした排除型私的独占に係る課徴金制度が,今後,EU競争法のように発展していくのか,それとも,確約手続その他の処理手法の多用により「抜かずの宝刀」になるのか,今後の運用に注目したいと思います。
もう一つは,最後の審判事件となっていた段ボール価格カルテル事件の審決が2月8日に出て,係属する審判事件がなくなったことです。東京高裁に係属する審決取消請求事件で公正取引委員会に差し戻す判決が出る可能性もありますので,審判制度が完全な終焉を迎えたわけではありませんが,かつて審判官を務めた者としてはある種の感慨を覚えます。事前審判の時代を含め,公正取引委員会において何らかの総括が行われること,特に,なぜ審判制度が廃止されるに至ったのかを記録にとどめることを是非期待したいと思います。
競争法研究協会会長 栗田 誠
1 本日(2/9)が2021年の最初の月例研究会となります。今回は上杉秋則先生をお迎えし,「山陽マルナカ事件東京高判の評価と今後の実務への影響」,「デジタル・プラットフォームを巡る最近の動き」の二つのテーマについてご講演を賜ります。上杉先生には,毎回,タイムリーな問題について理論的な検討と実務への影響の両面からお話しいただいていますが,今回も刺激的なご議論を伺うことができるものと期待しております。
2 公正取引委員会の古谷委員長の「年頭所感」が公正取引委員会のHPや「公正取引」1月号に掲載されております。ご覧になった方も多いと思いますが,「厳正・適正な法執行」「競争政策の推進」「国際的な連携の推進」の3つの柱からなっています。昨年9月の就任挨拶において述べられた内容とそれほど変わっているわけではないと思いますが,「競争政策の推進」の部分が長く,多くの施策が盛り込まれていますので,「古谷公取委」の活動が従来に増して,「法執行」よりはガイドラインの作成や実態調査を含む「政策的対応」に重点を置いたものになるような印象も受けました。 なお,年頭所感の最後に,昨年12月の政府の成長戦略会議実行計画(中間とりまとめ)に言及され,「競争政策の在り方を独禁当局や関係省庁の協力の下,重要課題として取り組む」とされていることを受けて,「競争政策の強化に向けた検討に参加・貢献していきたい」と述べておられます。先週の事務総長定例会見記録(2月3日)によると,「今月10日,成長戦略会議の関連会議で,公正取引委員会の組織の在り方についても議論されると聞いてい(る)」として,記者から質問が出ています。成長戦略会議の有識者メンバーである竹中平蔵氏(慶應義塾大学名誉教授)がこの議論を主導されており,今後どのように展開していくのか,注目されるところです。
3 米国では,バイデン政権がスタートしましたが,連邦競争当局のトップの人選は進んでいません。昨年10月から12月にかけて,司法省が提起したGoogleに対するシャーマン法2条(独占行為)事件,連邦取引委員会(FTC)が提起したFacebookに対するシャーマン法2条違反を理由とするFTC法5条(不公正な競争方法)事件の行方も,誰がトップに任命されるかによって影響を受けることも考えられます。両事件の理論的分析については,上杉先生の本日の後半のテーマです。また,連邦議会では,上院司法委員会のKlobuchar議員らが2月4日,クレイトン法の改正等を内容とする法案(Competition and Antitrust Law Enforcement Reform Act)を提出しています。法案には,連邦競争当局の予算の増加,合併規制の強化(違法基準の緩和及び立証責任の転換),支配的事業者による排除行為を禁止する規定のクレイトン法への追加等が盛り込まれており,連邦議会の両院を民主党が支配する状況下で,何らかの改正が実現する可能性もあると思われます。
また,EUにおいては,12月15日に欧州委員会が「デジタル・サービス法(Digital Services Act)」及び「デジタル市場法(Digital Markets Act)」の立法提案を公表しました。前者は,デジタル・サービスの利用者の権利保護を内容とするものであり,後者は「ゲートキーパー(gatekeeper)」機能を果たす大規模な中核的プラットフォーム事業者を対象とする行為規制を内容としています。デジタル市場法が定める行為規制に違反すると,全世界売上高の10%を上限とする制裁金が課され,繰返しの違反に対しては構造的な措置を採ることもできるようです。
専ら反トラスト法の活用や強化を目指そうとする米国,競争法の執行に加えて強力な新規立法を目指すEUとの間にあって,我が国が採ることとした措置,すなわち,特定デジタルプラットフォーム取引透明化法の制定や独占禁止法の消費者取引優越的地位濫用ガイドラインの策定,消費者庁において検討中の消費者保護の観点からの新法の立案等を内容とする政策パッケージはどのように評価されるのでしょうか。いずれにせよ,各法域における動きから目が離せません。
4 前回12月の月例研究会以降の独占禁止法を巡る動向については「競争法関連の動き」をご参照いただきたいと思いますが,前回から2か月近く経過しており,様々な動きがありましたので,重要なものをいくつか紹介します。
第1に,入札談合に関する刑事的執行及び行政的執行です。前回,地域医療機能推進機構発注の医薬品納入を巡る入札談合事件の告発・公訴提起について詳しく紹介しましたが,年末にJR東海発注リニア中央新幹線品川駅及び名古屋駅新設工事を巡る受注調整事件について公正取引委員会が排除措置命令及び課徴金納付命令を行いました。刑事事件としては,既に2社に対する有罪判決が確定しておりますが,違反自体を争っている2社及び2名に対する判決が3月1日に言い渡される予定です。違反を争う2社は,排除措置命令に対しても取消訴訟を提起するものと予想されます(なお,2社は関係工事を受注しておらず,課徴金納付命令は受けていません)。入札談合・受注調整事件は,かつてに比べると件数が大きく減少していますが,これが重大な違反行為が根絶されてきていることの表れであることを期待しています。
第2に,デジタル市場における競争問題への対応です。この点については,本日のテーマの一つでもあり省略しますが,実効的な取組を期待したいと思います。なお,公正取引委員会のHPに「デジタル市場における公正取引委員会の取組」をまとめたサイトが設けられており,一覧性があって大変便利です。
第3に,各種のガイドラインの作成や改定が進められており,意見募集が行われています。特に,スタートアップとの事業連携やフリーランスに関するガイドラインの作成は政府一体としての取組の一環として,関係省庁との連携によるものであり,また,フランチャイズのガイドラインの改定は昨年9月のコンビニ本部・加盟店間取引実態調査報告書を受けたものです。気になるのは,これらのガイドラインが主に優越的地位濫用規制に依拠したものであることです。ガイドラインに依存した独占禁止法の運用が「安上り」で,一面で「効果的」であり得ることは事実ですが,過度の依存に問題はないのか,注意していく必要があります。また,本日の上杉先生の前半のテーマである,山陽マルナカ事件東京高裁判決とそれを受けた公正取引委員会の対応が今後の優越的地位濫用規制,更には独占禁止法規制全般の展開にどのような意味を持つのかを考えることが必要であると思います。
第4に,国際的な企業結合事案2件の審査結果が公表されました。いずれも実効的な問題解消措置が採られた事案であり,一見,公正取引委員会が国際合併に実効的に取り組んでいるようにみえます。ただし,欧州委員会も審査を行っており,条件付きで承認しており,問題解消措置も実質的には同じようです。見方によっては,欧州委員会の審査にいわば「ただ乗り」した成果ではないかという疑問も出てきます。そうした疑問を払拭するような,海外競争当局の審査にも貢献するような国際的執行に期待したいと思います。
なお,国際的企業結合審査については,昨年3月に第2次審査が開始された韓国の造船会社の統合事案の行方が気になります。本件については,欧州委員会も審査しており,また,韓国政府の造船支援措置がWTO補助金相殺関税協定に違反するとして,日本政府がWTO紛争解決手続を要請し,政府間の協議が続いています。造船業においては,日本でも事業統合が行われてきており,本件は外交的にも大変難しい案件になっているのではないかと危惧しています。
5 上杉先生の本日の講演資料には,「令和3年の競争政策の注目点―多難の時代の幕開け」というタイトルが付されています。どういう意味で「多難の時代」であるのか,身を引き締めてご講演を伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。
競争法研究協会会長 栗田 誠
1 12月9日に,日米で競争法違反事件に関する重要な動きがありました。日本では,公正取引委員会が地域医療機能推進機構発注の医薬品納入を巡る入札談合事件について3社及び7名を検事総長に告発し,同日に公訴が提起されました。米国では,連邦取引委員会(FTC)と48州・地域の司法長官がそれぞれ,Facebookをシャーマン法2条違反でDC地区連邦地裁に提訴しました。日米それぞれの事件について簡単に紹介しつつ,感想を述べたいと思います。
2 まず,地域医療機能推進機構(以下単に「機構」といいます)が発注する医薬品の納入を巡る入札談合事件ですが,前回の告発事件は,平成30年(2018年)3月のJR東海発注リニア中央新幹線駅舎工事の受注調整事件であり,2年半振りの告発となりました。しかも,リニア中央新幹線の事件は検察当局主導で捜査が行われており,公正取引委員会は実質的には調査を行っていないとも言われています。そうすると,今回の告発は,東日本高速道路東北支社発注舗装災害復旧工事の談合事件(平成28年2月告発)以来ということになり,実に5年近い空白があったということになります。平成17年改正により犯則調査手続が導入され,裁判官の令状を得て捜索・差押を行う権限を有する犯則審査部が設けられました。改正直後の数年間は毎年のように告発が行われていたものの,その後は2年に1回という従来のペースが続いてきており,平成17年改正時の期待通りではないという印象も持っています。ハードコア・カルテル事件全体の件数が減少しているように見受けられますが,それが累次の課徴金制度の強化を含め,カルテル規制の実効性の現れであるといえるのかどうか,慎重な分析が必要であろうと思います。
今回の談合事件をみますと,告発対象とするには条件的にぴったりの事案であったように思われます。公正取引委員会が公表しています「告発方針」には,「国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な事案」,「(違反を反復しているなど)行政処分によっては独占禁止法の目的が達成できないと考えられる事案」という二つの類型が明記されています。本件は,この両方の類型に当たると考えられているようです。公正取引委員会の公表資料には記載がありませんが,新聞各紙をみれば,様々な追加的な情報(本件がいかに「悪質かつ重大」であるかを示す情報)が掲載されています。「医薬品で入札談合をすれば,保険医療を負担する全国民,将来世代にも影響が及ぶ可能性がある。過去の違反歴があるにもかかわらず,大変悪質だ」という公正取引委員会の本件犯則調査担当者の会見での発言(12/10朝日朝刊27頁による)が全てを物語っています。
もちろん,告発方針が定める類型に合致するだけで実際に告発ができるわけではありません。刑事責任を問うレベルでの証拠が必要になることは言うまでもありません。入札談合事件の中には,大変古くから慣行的に行われていて,談合のルールや実施方法自体が明確ではないものもあります。また,建設談合のように,一般に関係する事業者数が大変多く,これらの共謀を刑事レベルで立証することが実際上不可能に近いような事案もあります。その点で本件では,発注者である地域医療機能推進機構自体が2014年に設立されたものであり,また,その傘下の全国57の病院に納入できる体制を有する医薬品卸売業者は事実上関係人4社しかおらず,実際にもこれら4社しか入札には参加していなかったとされています。そして,1回の調達で総額700億円を超えるというのですから,公正取引委員会や検察当局にとっては,刑事事件として取り上げるための条件が揃っていたといえます。
報道によれば,4社のうちの1社が告発・起訴の対象から外れており,公正取引委員会に課徴金減免申請をしていたとされています。東京地検特捜部は「認否は明らかにしていない」(12/10朝日)とされており,残る3社の中にも減免申請をした者がいるかどうかが注目されます。告発・起訴された3社の12/9のプレス・リリースを読む限りでは,違反事実を認めているようにも感じられます。リニア中央新幹線の受注調整刑事事件では,4社のうち減免申請をしなかった2社が全面的に争うという展開になっており(他の2社については判決確定),来年3月の判決が注目されています。
今回の独占禁止法違反事件の背景として,地域医療機能推進機構の医薬品の調達方法に問題はなかったのかという点も問われます。4社で「受注予定比率」を設定し,その比率に見合うように医薬品群ごとに受注予定事業者を決定していたとされており,2018年の入札における4社の受注額が報道されています(12/10日経朝刊)。1回の入札で1事業者のみが受注できるという入札ですと,事業者間の調整は容易にまとまらないでしょうが,4社の事業規模に応じて「山分け」するということであれば,たやすく合意できたのではないかと思われます。また,全国57病院向けの納入を同機構の本部で一括して決定するという方法が適切なのかという点も重要なポイントです。この点は,この事件の調査開始後に地域ごとに調達する方法に変更されているようですが,調達方法の全面的な見直しがなされることを期待したいと思います。
また,医薬品調達は全国の大規模病院においても同様の方法で行われていると考えられ,今回の事件を契機に,適切な場で抜本的な検討が加えられることが望ましいのではないかと考えています。公正取引委員会としても,違反事件の処理で一件落着とするのではなく,競争的で公正な調達に向けて政策的な観点からの取組も進めていただくことを期待したいと考えています。
3 次に,同じ12月9日に,米国連邦取引委員会(FTC)と48州・地域の司法当局のそれぞれがFacebookをDC地区連邦地裁に提訴した事件です。かねてから調査の進展が報道されていた事案ですが,我が国でも大きく報道されています。FTCは,シャーマン法2条違反(独占行為)によるFTC法5条違反(不公正な競争方法)として提訴しており,FTCの票決は3対2(共和党の委員2名が反対であるものの,意見の公表はないようです)となっています。また,州当局では,シャーマン法2条及びクレイトン法7条(合併等)を根拠としています。Instagram及びWhatsAppの買収自体をクレイトン法7条違反として独立の訴因としている点がFTCと異なります。いずれの訴訟も,personal social networking servicesの市場における独占維持行為を問題としているわけですが,具体的な違反被疑行為は次の2つです。訴状では,Mark Zuckerberg氏の攻撃的な言動が競争制限的意図を示すものとして度々引用されていますが,この点はMicrosoft事件のBill Gate氏を思い出させるものがあります。
①Instagramの買収(2012年)及びWhatsAppの買収(2014年)による競争の抑止:“buy-or- bury strategy”(州当局の訴状の表現)
②アプリ開発者のFacebookのプラットフォーム利用に際しての制限的な条件の強要
また,Facebookの違反被疑行為による競争上の弊害として,次のような点が挙げられています。
ⓐユーザーに対するプライバシー保護の低下,選択肢の喪失,イノベーションの低下等の非価格面の悪影響
ⓑ広告主に対する広告料金,広告の質・選択肢への悪影響
ⓒアプリ開発者に対する競争機会の否定
裁判所に求める救済措置は今後具体化されていくことになりますが,次のような広範な内容が想定されています(FTCと州当局で少し異なるようです)。
❶継続している競争制限行為の停止
❷違法に買収した事業の分離
❸将来の買収計画の事前通知
❹モニタリング
「FTCは2件の買収を容認していたのに,後から提訴するのはおかしい」とFacebookは主張しており,同様の指摘が多数見られますが,FTCが公表しているQ&Aでは次のように説明しています。
・単に2件の買収を問題にしているのではなく,長年に亘るpersonal social networking servicesの市場における独占維持行為を提訴している。
・2件の買収が合併事前届出の手続を完了していることは提訴権限に影響しない。
・完了済みの買収であっても,違法になればFTCは提訴できるし,これまでも提訴してきている。
また,Facebookの分割をかねてから主張しているTim Wuコロンビア大学教授は,次のようにコメントしています。
・「FTCは2件の買収を『承認』していた」と報道されることがあるが,誤りである。単にその当時は提訴しなかったというにすぎず,その後の法執行活動が法的に制約されるものではない。
・買収当時はFacebookの独占が持続するか不確かであったが,現時点では持続的なものであると分かってきたにすぎない。
・仮にFTCは過去の判断に制約されるべきであるとしても,州当局は別個の権限を有しており,何ら制約を受けない。
Facebookに対して,米国ではこれまでプライバシー保護の観点からの調査・処分が行われてきましたが,シャーマン法2条違反という反トラスト法の本丸の事件として真っ向から争われることになります。10月20日に司法省及び8州当局が提訴したGoogle事件とともに,長期戦になることは必至であり,これら訴訟の行方とともに,他の法令による提訴や他の政策手段の可能性を含め,巨大デジタル・プラットフォーム問題に対する米国の取組を引き続きフォローしたいと考えています。EUにおける動きについても同様であることは言うまでもありません。
4 日米でたまたま同日に競争法違反事件が提訴されたというだけのことではありますが,日本では相も変らぬ談合事件であるのに対し,米国では巨大デジタル・プラットフォーム事業者による独占行為事件です。もっとも,その米国も,独占行為規制の面では事実上の野放しともいえる状況が永く続いてきたのであり,今後長期間続くと見込まれる裁判所における審理は予断を許しません。独占行為規制に関する判例法が行く手を遮ることも考えられ,また,審理が長期化するほど訴追側の考え方が変化すること(FTCの委員構成の変化や州当局の交代)もあり得るところです。その意味で,米国連邦競争当局によるGoogle及びFacebookに対する提訴は始まったばかりであり,どのような紆余曲折が待っているのか注目したいと思います。また,同様の問題に対する公正取引委員会による独占禁止法の執行がどのような理論と手法によって展開されていくのか(あるいは,法執行以外の手法に依存するのか)刮目すべきであろうと考えています。菅政権の下で新たに設けられた「成長戦略会議」が12月1日に取りまとめた「実行計画」の「デジタル市場における競争政策の推進」の項には,「デジタルプラットフォーム事業者による反競争的行為があった場合に積極的に法執行できるようにするため,……公正取引委員会の体制を強化する」と明記されていますので,是非期待したいと思います。
ダンピング提訴と独占禁止法
1 11月25日の夕刊各紙に,石油プラント等に使われる配管をつなぐ「継手」の価格カルテルの疑いで公正取引委員会がメーカー4社に立入検査を始めたという記事が掲載されました。これだけですと,普通の価格カルテル事案の調査開始というだけのことですが,記事によっては,価格カルテル対象商品である「炭素鋼製突合せ溶接式継手」については,不当廉売関税が2023年3月までの期間で課されていると報道されています。朝日新聞の記事によれば,価格カルテルは「遅くとも2017年以降」行われている疑いがあり,また,メーカー4社のうちの3社が2017年に韓国産品及び中国産品に対する不当廉売関税の賦課を求める申請をしていたというのです。
2 私は,「経済法」(独占禁止法)を専門としておりますが,現在の本務校では「国際経済法」の授業も担当しており,この記事を大変興味深く読みました。経済産業省のホームページには,韓国産及び中国産の「炭素鋼製突合せ溶接式継手」に対する不当廉売関税に関する情報が掲載されています。それによれば,2017年3月6日に3社から課税を求める申請書が提出され,同年12月28日に暫定措置が,2018年3月31日に確定措置が発動されており,2023年3月までの5年間続きます。また,関係事業者のホームページにもアクセスしてみましたところ,少なくとも2社について,不当廉売関税の申請を行った2017年3月に,同年4月出荷分からの販売価格の引上げを公表していることが確認できました。
3 今後の公正取引委員会の調査を待つ必要がありますが,仮に報道されているような価格カルテルが行われていたとするならば,廉価な輸入品を不当廉売関税によって排除しつつ,国内メーカー同士で価格カルテルを行うという,成熟した産業ではありがちな企業行動が日本でも現実化してきたものといえます。不当廉売関税を申請した3社は共同して,申請に必要な情報収集・調査を行い,申請に及んだものと推測されますが,そうした共同作業・共同申請の機会を通じて価格カルテルの合意形成も行われたということかもしれません。通商法と競争法の両方が関わるこの種の問題は,例えば米国などでは古くからのものであり,事例も多いと思いますが,日本でも今後,こうした問題が増えてくるものと予想されます。
4 我が国では,不当廉売関税,相殺関税,緊急輸入制限措置(セーフガード)といった貿易救済措置を発動することについては,従来,大変慎重であったと思います。海外諸国による貿易救済措置の濫用(WTO協定違反)を指摘して改善を求めることを通商政策の大きな柱としてきた我が国は,自らが発動することについても極めて慎重に対応してきたといえます。しかし,こうした慎重な方針は,ここ10年くらいの間に少しずつ変化してきています。貿易救済措置の発動を抑制してきた実体要件や手続について緩和する制度改正や運用の変更が行われてきており,また,経済産業省も貿易救済措置の発動を産業政策の一つのツールとして位置付け,活用していく方向に舵を切りつつあるように見受けられます。経済産業省のウェブサイトの「貿易救済措置」のページには,「安値輸入品という経営課題にADという選択」という見出しが掲げられており,申請の方法等に関する詳細な解説やQ&Aが掲載されており,また,毎年,「貿易救済セミナー」が開催されているなど,特に不当廉売関税の発動については積極的に相談を受け付け,申請を奨励するような姿勢です。こうした変化もあってか,現在,5件の不当廉売関税の賦課が行われているようです。
5 もちろん,不当廉売関税を含む貿易救済措置の発動は,WTO協定上認められている正当な手段であり,関税定率法に定められている要件及び手続に基づいて行われるものであり,それ自体に問題があるわけではありません。しかし,その発動が国内市場における競争に極めて大きな影響を及ぼすことも明らかであり,発動に前のめりになっているようにもみえる現在の経済産業省の姿勢にはやや疑問を持っております。また,前述したように,申請が多くの場合に複数の事業者が共同して,あるいは事業者団体が行うことから,独占禁止法上のリスクが伴うことも言うまでもありません。
6 こうしたことを経済産業省のホームページで調べているうちに,更に重要な事実に辿り付きました。経済産業省の特殊関税等調査室を事務局とする「アンチダンピング措置の共同申請及び団体申請の活用促進に関する研究会」が本年8月から10月にかけて開催され,アンチダンピングの共同申請等に当たって生じ得る独占禁止法上のリスクを分析し,その解決策を探る取組が行われています。研究会の第2回の会合には,公正取引委員会から独占禁止法上の考え方についての説明も行われており,10月26日に公表された「アンチダンピング措置の共同申請に向けた検討のモデルケース」の内容については公正取引委員会も了解しているものと思われます。(注)
こうした取組は,今後増えてくると思われるアンチダンピング等の貿易救済措置の共同申請やその準備に当たって留意すべき点を示し,独占禁止法上のリスクに十分注意しつつ,制度の活用を図っていく上で有用なものであり,その成果である「モデルケース」は関係事業者等において是非とも参照すべきものであると考えています。
今回の炭素鋼製突合せ溶接式継手に係る価格カルテルの疑いによる公正取引委員会による立入検査と経済産業省の研究会における検討との間に何らかの関連はないのか,という点が気になりますが,経済産業省の研究会では公正取引委員会の経済取引局調整課長が説明されており,立入検査は言うまでもなく審査局が行うものであり,違反事件審査は厳格な情報管理の下になされますので,たまたま時期が近接したにすぎないと考えることが常識的であろうとは思います。また,公正取引委員会として,アンチダンピング措置の活用が本格化してくる中で,実際に発動されている商品や申請の候補に挙がってくるような商品の価格や輸入の動向等を注視する方針を採っているということであれば,それは必要かつ適切なことであろうと思います。
7 1980年代から1990年代にかけての貿易摩擦が華やかであった時期に,日本市場へのアクセス改善を求める海外諸国に対して,外国産品の日本市場へのアクセスが容易ではないのは日本の製造業の国際競争力が強いからであり,日本市場における活発な競争に対応できない外国企業に問題があるといった反論をしていましたが,今となってはそうした時期が懐かしく感じられます。貿易救済措置を活用して国内産業を守ることが重要な政策課題になってきている現実を直視しなければならないと思います。
(注)経済産業省の研究会で検討された独占禁止法上の課題は,ダンピング提訴をする国内企業同士の情報交換・共同行為に関わるものですが,ダンピング規制に関連する独占禁止法問題は多様です。公正取引委員会が開催した「独占禁止法渉外問題研究会」の報告書「ダンピング規制と競争政策」が1990年2月に公表されていることに注意を喚起しておきたいと思います。公正取引委員会事務局編『ダンピング規制と競争政策 独占禁止法の域外適用』(大蔵省印刷局・1990年)参照。
(2020.11.13月例研究会 開会の挨拶時)
1 今回は,公正取引委員会の岩下企業結合課長に「企業結合規制と審査」と題してご講演をいただきます。ご講演の後に感想・コメントをさせていただく時間がありますので,冒頭のご挨拶では別のことを3点お話しします。第1に,日本では公正取引委員会の委員長の交代があり,米国では政権交代が予定されていますが,競争当局のトップの交代が持つ意味合いについての日米比較です。第2には,米国やEUにおけるGAFA規制について考えてみたいと思います。そして,第3に,最近,実務家が独占禁止法の解説書を相次いで出版されていますので,その意義について考えてみます。
(委員長交代・政権交代の意味合い)
2 まず,委員長の交代,あるいは政権交代の意味合いです。公正取引委員会の古谷委員長が就任されて2か月近く経過しましたが,9月17日に行われた就任記者会見の模様は10月14日になってようやく公正取引委員会のウェブサイトに掲載されました。具体的な施策として,①厳正かつ実効的な独占禁止法の執行,②中小事業者に不当に不利益を与える行為に対する取締り,③デジタル分野等における競争環境の整備,④令和元年改正独占禁止法の施行・定着,⑤海外競争当局との連携・協力と国際的貢献の5点を挙げておられますが,ご自身も述べられているように,杉本前委員長が取り組まれた路線を引き継ぐものといえます。古谷委員長がご自身で準備されたというよりは,事務総局が用意したものを受け入れて(多少の修正はあるにせよ)表明されたものと受け止めるのが自然であろうと思います。我が国では,継続性や一貫性を重視する行政機関として,委員長が交代するからといって法執行方針に変化はなく,むしろ変化があってはならないと考えられており(これが合議制の一つのメリットであるともいえます),委員長交代を機に,それまでの成果を評価し,新たな方針を提言するような動きは基本的にはないといってよいと思います。
他方,米国では,この度の大統領選挙を受けて政権交代が事実上決定し,競争当局,特に司法省反トラスト局では局長をはじめとする幹部が交代するものと考えられます。任期制の連邦取引委員会委員にあっても,委員長は大統領によって指名されますので,委員長は交代すると考えられ(ただし,現在の共和党の委員が3名,民主党の委員が2名の構成は,共和党の委員が辞任又は任期満了により退任しない限り,変わりません),競争局長をはじめとする幹部も交代すると思われます。1990年代以降の連邦反トラスト法に関する限り,超党派のコンセンサスが形成されてきており,政権交代による大転換は起きないようになってきているとはいうものの,トップの交代により何がしかの変化が出てくることは避けられないと思います。ここ2年程の間に急速に高まってきているGAFAに代表されるデジタル市場における支配的企業に対する反トラスト規制の動きが強まることは必至です。もちろん,いくら反トラスト当局が積極的であっても,最終的に判断するのは裁判所であり,特に連邦最高裁判所の判断が決定的に重要です。だからこそ,最高裁判所判事の指名・承認に際しては,反トラスト法に関心を持つ公益団体・シンクタンクなどから,候補者の反トラスト法に関する判断の傾向を分析・予測するレポートが公表されます。先月のバレット判事の任命は,独占行為規制に慎重な判例法を維持する方向に働くと考えられています。また,先般の下院司法委員会反トラスト小委員会の民主党スタッフレポートにもあるように,反トラスト法自体を改正する提案もされていますが,「経済憲章」としての反トラスト法の根幹となす規定が容易に改正できるとは思えませんし,上院では共和党が引き続き多数を占めるとみられている状況では尚更です。
当面,司法省反トラスト局長に誰が就任するのか,また,連邦取引委員会の委員長に誰が指名されるのかが注目されますが,従来の例では早くて来年3月ごろではないかと思われます。より注目すべきは,政権移行チームがどのような反トラスト政策を採用するかにあると思います。オバマ大統領により指名され,2014年から2018年にかけて連邦取引委員会委員を努めたマックスウィーニー(Terrell McSweeny)弁護士が政権移行チームで反トラスト法分野を担当していると報道されています。そして,その前提として,各種の公益団体・シンクタンク等がトランプ政権下の反トラスト政策をどのように評価し,次期政権にどのような提言を行うかが待たれます。AAI(American Antitrust Institute)などは今春からそうしたレポートを公表していますが,全米法曹協会(ABA)反トラスト法部会の政権移行レポートが間もなく公表されると思います。
(米国やEUにおけるGAFAの競争法問題の動き)
3 米国やEUにおいて,GAFAの競争法問題についての大きな動きが出ています。「競争法関連の動き」にも補足として紹介しておきましたが,米国では,米国下院司法委員会反トラスト小委員会の民主党スタッフレポートが10月6日に公表され,民主党バイデン大統領誕生の予想と相まって,日本でも大きく報道されました。10月20日には連邦司法省及び11州(共和党系)の司法長官によるグーグルに対するシャーマン法2条に基づく提訴が行われました。マイクロソフト事件以降,本格的なシャーマン法2条事件を取り上げてこなかった司法省がグーグルを取り上げたことについては予想外という評価もあります。グーグルに対しては,連邦取引委員会が,グーグルの「サーチバイアス(search bias)」と呼ばれる行為を含む様々な問題について連邦取引委員会法5条違反の疑いで調査を続けてきましたが,2013年1月に審査を打ち切るとともに,グーグルが一部の問題に関して一定の措置を採ることを約束した旨公表しています。今回司法省が取り上げている問題は異なるものですが,訴訟の行方が注目されます。マイクロソフト事件では,訴訟係属中に民主党から共和党への政権交代があり,同意判決で終了しましたが,今回は共和党から民主党への政権交代であり,グーグルにとっては厳しい訴訟になるのかもしれません(別の民主党系の7州が引き続き審査中であり,他の問題も含めて提訴する予定であり,その場合には併合審理されると報道されています)。
また,欧州委員会は11月10日にアマゾンに対して異議告知書を発出し,また,第2弾の審査開始を公表しました。アマゾンがオンラインショップを運営する事業者であると同時に,自らも小売事業を行っていることから,オンラインショップを利用する無数の小売業者と競争関係にあり,居ながらして得られる利用事業者の非公開情報を自己に有利に活用していることが支配的地位の濫用に当たると欧州委員会では考えており,今後,グーグルからの反論の手続が行われます。
GAFAに限らず,近年の大型の独占行為あるいは支配的地位濫用の事件では,支配的事業者が自己の地位を維持・強化するために取引相手に巨額の支払をして排他的取引を実現するというタイプの行為が問題となっています。少し前のインテル事件では,パソコンメーカーに対するMSS(全体に占めるインテル製CPUの使用割合)の目標達成に対するリベート供与の約束が問題となり,まだ係属中ですが米国連邦取引委員会によるクアルコム事件(控訴審で連邦取引委員会が逆転敗訴〔8/11〕,全員法廷による再審理の申立て)では,アップルに対する巨額の支払による排他的取引が対象となっています(なお,本件について,司法省は提訴に否定的な意見を出していました)。今回の司法省によるグーグル事件でも,アップルをはじめ,様々な取引先・ライセンス先に対してグーグルは独占利潤を配分しています(revenue sharing agreements)。支配的地位にある事業者同士で,お互いに利益になるように合意することで現状維持,参入排除を図っているともいえます。
翻って我が国の状況をみますと,デジタル市場競争会議ワーキンググループにおける検討など,実態調査・分析や特定デジタルプラットフォーム透明化法による一種の業規制に向けた動きは目につきますが,独占禁止法を適用しようとする動きは乏しいと感じます。取引先に対する優越的地位濫用やMFN条項の事件はあるにしても,これらも自発的措置による審査終了であったり,確約計画の認定であったりします(もっとも,公正取引委員会の取扱いとしては,確約認定は「法的措置」の一種です)。以前,ある論文(注)に書いたことですが,公正取引委員会は,インテルを世界で最初に取り上げ(正確にはインテルの日本法人ですが),また,不十分とはいえ,早い段階でグーグルの排他的契約を審査したことがあることを思い出す必要があります。公正取引委員会では精力的にデジタル市場の実態把握のための調査を行ってきており,それ自体有益なものであり,政府全体としての取組にも大きく貢献しているわけですが,違反事件審査という手法による取組も是非期待したいものです。
(注)栗田誠「排除行為規制の現状と課題」金井貴嗣・土田和博・東條吉純編『経済法の現代的課題(舟田正之先生古稀祝賀)』(有斐閣・2017年)175-195頁。(実務家による独占禁止法の解説書)
4 最後に,実務家による独占禁止法の解説書をまず紹介します。ごく最近,越知保見弁護士(明治大学法科大学院教授)が『日米欧競争法大全』(中央経済社・2020年11月)という1000頁を超える大著を刊行されました。「大全」の名にふさわしい,質・量ともに圧倒される著作です。また,先月の本研究会にご登壇いただきました長澤哲也弁護士が所属事務所の同僚らと共に『最新・改正独禁法と実務―令和元年改正・平成28年改正』(商事法務・2020年10月)を刊行されています。長澤弁護士が『独禁法務の実践知』(有斐閣・2020年6月)という斬新な実務書を公刊されたことは先月の研究会でご紹介したとおりです。他にも,永口学・工藤良平両弁護士の編著による『Q&A 独占禁止法と知的財産権の交錯と実務』(日本加除出版・2020年9月)といった,特定テーマの実務書も公刊されています。加えて,菅久修一事務総長をはじめとする公正取引委員会職員を執筆陣とし,独占禁止法の定番テキストになりつつある『独占禁止法〔第4版〕』(商事法務)も間もなく刊行されるようです。
雑誌論文をみますと,ジュリストの本年7月号の特集「これからの企業結合規制」,10月号の特集「令和元年独占禁止法改正の論点」の執筆陣のほとんどは実務家です(いずれの号でも,白石忠志教授が総論的な短い論稿を書いておられるが)。「NBL」,「ビジネス法務」や「Business Law Journal」といった,より実務的な雑誌にあっては尚更です。
こうした著作をされている実務家の方々の中には,法科大学院で教鞭を取っておられる方も少なくありません。いずれ,法科大学院の経済法・独占禁止法の授業担当は実務家に席巻されるのかもしれません。
他方,研究者による著作は,漠然とした印象にすぎませんが,質・量ともに低下しているのではないかと感じます。その背景には,大学研究者が研究に費やすことができる時間が減少しているという,分野を問わずに生じている問題があると思われます。しかしそれだけではなく,経済法研究者が現在の独占禁止法の実務を理解し,実務に影響を及ぼし得るような研究・著作を行うことが難しくなってきているのではないかと個人的に感じています(もちろん,実務に接続するような研究だけが研究者の役割ではないことは当然ですし,むしろそうした研究は研究者の任務ではないということかもしれません)。それは,例えば,近年の独占禁止法の改正が課徴金制度・課徴金減免制度に関わる専門技術的なものであって,研究者は関心を持ちにくいこと,企業結合規制が高度化・精緻化し,また,医薬品,デジタル分野等の容易に実態を理解することができない事案が多いこと,審判手続の廃止,確約手続の導入等もあり,詳細な事実認定や法解釈を示すことなく違反事件が処理されることなどによるのではないかと考えています。単に私の能力不足を自認しているにすぎないのかもしれませんが,独占禁止法の理論と実務の発展にとって望ましいことではないと思います。
競争法研究協会会長 栗田 誠より第281回月例研究会冒頭挨拶
1 9月12日をもって杉本和行委員長が退任され,同月16日に古谷一之氏が委員長に就任されました。菅内閣の発足と同日であり,政府全体としての取組の一環として公正取引委員会が活動していく局面が従来以上に増すのではないかと思います。公正取引委員会の活動については,その内容面だけでなく,活動の手法や様式という観点からも様々な考え方があり得ます。この点に関しては,以前,会長コラムに「公正取引委員会の職権行使の独立性」(令和2・4・11)と題して少し論じたことがあります。また,杉本委員長の下での公正取引委員会の活動の評価についても,既に会長コラムにおいて所見(令和2・9・18)を述べていますので,ご一読いただければ幸いです。
☞http://www.jcl.gr.jp/column/index.php
ところで,古谷委員長は9月17日に記者会見をされたようですが,就任に当たってのメッセージは公正取引委員会のウェブサイトには掲載されていないようです(10月9日午前9時の時点)。菅久事務総長は,9月30日の定例会見の質疑において,「就任の会見の時にも委員長自身の言葉で,今後の課題を5点ほど挙げておりました。私は完全に共感しております。」と述べているが,今後の課題5点とは何か,報道を見ても分かりません。そもそも,事務総長定例会見の記録は公表しつつ,委員長の会見記録は公表しないということも理解に苦しむところです。公正取引委員会への関心や期待が高まっている時期だけに,迅速に新委員長のメッセージが発信されることが望ましいと思います。おそらく「公正取引」の10月号の巻頭に「就任挨拶」が掲載され,それと同時期に同文の挨拶が公正取引委員会のウェブサイトにも搭載されるものと予想しています。また,この点は,就任時に限ったことではありませんし,委員長に限ったことでもありません。積極的な情報発信を期待したいと思います。
2 ここ1か月ほどの公正取引委員会の活動については,メモにまとめたとおりですが,委員長交代という時期でもあり,大きな動きとしては,アマゾンジャパンの協力金に係る優越的地位濫用事件の確約認定が9月10日に公表されたことくらいでしょうか。春から夏にかけて,委員長の交代を前にして排除措置命令・課徴金納付命令が続々と出るという状況を期待したのですが,そうはなりませんでした。尤も,公正取引委員会としては,確約認定も「法的措置」の一種であり,全体として違反事件に厳正に対処していく方針に変わりはなく,実績も挙がっているという認識ではないかと思います。
3 さて,本日は講師として大江橋法律事務所の長澤哲也先生をお迎えしています。先生のご経歴は紹介するまでもありませんが,この6月に『独禁法務の実践知』(有斐閣)を上梓されたばかりです。既にご覧になった方も多いと思いますが,「はしがき」にも書いておられるように,独禁法務の暗黙知を可視化するという明確な意識の下に,企業の事業戦略上の行為がどのような目的で行われ,どのようなメカニズムで競争阻害効果をもたらし得るのかという観点から類型化し,どうしたら問題とならないようにできるかを解説するという,これまでにない斬新な構成・内容の実務書です。いろいろと書評や紹介も出ているところですが,是非,本書の発想やエッセンスを理解するともに,具体的な問題に直面した際の辞書として活用されることをお薦めします。
4 本日のご講演のテーマである優越的地位濫用規制については,近年益々その重要性を増していることは皆様ご承知のとおりです。アマゾンや楽天といった事業者の違反事件もあれば,コンビニや知的財産取引,デジタルプラットフォームを巡る取引等の実態調査,さらには関係するガイドラインの作成と,公正取引委員会の活動様式も多彩であり,また,極端にいえば,どの企業でも違反になり得る問題ということでもあります。反面,司法判断の蓄積は乏しく,公正取引委員会の運用に大きく委ねられています(注1)。また,同様の問題が民事訴訟として提起される可能性もあり,企業法務としては厄介な問題でもあります。いかにして問題に「ならない」ようにするか,貴重なご講演をいただけるものと思います。
優越的地位濫用規制は国際的にも注目を集めており,今週火曜日(6日)に米国下院司法委員会反トラスト小委員会が公表した449頁の「デジタル市場における競争」に関する調査報告書では,支配的なプラットフォームによる優越的交渉力(superior bargaining power)の濫用を禁止することを提言しています。こうした提案の妥当性や実現可能性については更なる検討が必要ですが(注2),濫用規制を否定してきた米国反トラスト法における変化は注目に値します。米国にとっては専ら輸出品であった競争法を今度は米国がEUや日本から輸入することになるのでしょうか。
(注1)優越的地位濫用規制に関しては,6月8日の第276回月例研究会における矢吹弁護士のご講演の際に,かなり詳しく私見を述べていますので,ご参照ください。(注2)本レポートは,米国下院司法委員会反トラスト小委員会の民主党スタッフによるものであり,司法委員会やそのメンバーの見解を示すものではない。スタッフの一人にLina Khanがいる。言うまでもなく,Amazon’s Antitrust Paradox, 126 Yale L. J. 710 (2017) の筆者であり,この分野に関する多数の論文を公表している。なお,「この報告書の表紙をちょっと見ますと,マジョリティースタッフレポート・アンド・レコメンデーションと書いておりまして,こういう記載があるというのはなかなか珍しいことと思っておりまして,そういうこの報告書の位置付けなども含めて,今,担当課のほうで情報収集と確認をしているところということでございます。」(菅久公正取引委員会事務総長10/7定例会見)の発言は奇妙である。報告書作成までの公聴会等の模様は日本でも広く報道されてきている。
杉本委員長の下の公正取引委員会の活動
競争法研究協会
会長 栗 田 誠
1 公正取引委員会の杉本和行委員長が9月12日をもって定年により退任された。2013年3月5日に就任されて以来,約7年半の長きにわたり公正取引委員会を引っ張ってこられた。前任の竹島一彦委員長が10年以上務められたことに比べると短いが,それでも7年半という期間は個人的にはやや長いようにも感じる。公正取引委員会という組織は委員長の個性やリーダーシップが反映されやすいという印象を持っており,特別の事情がない限り,1期5年で交代というのが適切なのではないかと思う(定年や任期の関係もあることは承知している)。
2 杉本委員長の下での公正取引委員会の活動を振り返ると,次のような様々な成果を挙げることができる。
特に政策面・制度面では,第1に,令和元年独占禁止法改正が実現したことである。主に課徴金減免制度に調査協力減算の仕組みを導入するものであるが,売上額の算定方法や算定率に関しても重要な改正を含んでいる。12月25日の施行を待つばかりとなっており,任期を見据えた見事な仕事振りである。弁護士・依頼者間秘匿特権問題による1年遅れがなければ,改正法の効果を見届けることもできたと思われるだけに,ご本人にとっては心残りかもしれない。
第2に,デジタル経済に対する積極的な取組が挙げられる。いち早く杉本委員長が自ら推進されてきた課題であり,政府一体としての取組の中で,実態調査やガイドラインの策定が重点的に進められてきている。
第3に,優越的地位濫用規制を最大限活用し,様々な分野や取引の実態が解明され,また,新たな問題にも適用する姿勢が示されたことである。特に,消費者取引に対する適用への道を拓いたことが今後どのような意味を持つのか注目される。
第4に,平成28年改正により確約手続が導入され,協調的な法執行のための新たな手法を獲得したことである。私的独占や不公正な取引方法に係る硬直的な課徴金制度の発動が容易ではない中で,法的措置として位置付け得る確約手続は極めて有用である。TPP協定(環太平洋パートナーシップ協定)の合意に含まれていることを契機とした,公正取引委員会にとっては幸運な改正であった。
第5に,人材分野への取組やデータへの着目,業種横断的データ連携型業務提携など,新規の分野や課題に独占禁止法・競争政策の光を当てたことである。CPRC(競争政策研究センター)における検討会の開催という活動様式も定着している。
また,こうした多面的な取組が,同時に,独占禁止法に対する関心を高め,公正取引委員会への注目を集める効果をもたらしていることも指摘できる。なお,杉本委員長は在任中に『デジタル時代の競争政策』(日本経済新聞出版社・2019年)を上梓された。委員長・委員が在任中に独占禁止法に関する著作を公表することについては様々な意見があり得ると予想されるが,個人的には大変結構なことであると思う。委員長・委員が積極的に講演録や論文の公表を含め,積極的に発信されることを期待したい。
3 他方,法執行面では,実体的にも手続的にも物足りないものに終わったと感じる。
第1に,排除措置命令は事実上ハードコア・カルテルと再販にほぼ限定されており,他の行為類型,特に排除型行為の事例は少ない。また,大型の価格カルテル事件はあったが,ハードコア・カルテルの件数や規模としても限定されている。
第2に,確約認定の事例が次々と出ているが,本来の趣旨に沿うものばかりとはいえず,また,優越的地位濫用に関わる確約事案は課徴金制度に起因する面も大きいとみられる。
第3に,政策的に取り組んでいる分野や課題に関わる違反事件は少なく,特に排除措置命令に至る事案はほとんどない。また,規制産業における問題は,違反事件ではなく,実態調査等で対応し,違反事件として取り上げる場合にも,法的措置ではなく,非公式措置で処理する姿勢が顕著である。
第4に,政府全体の取組の一環としての活動が顕著であり,内閣官房や他省庁との連携・協力を重視し,違反事件として取り上げるのではなく,実態調査と問題指摘,ガイドラインの作成といったソフトな手法が多用されている。
第5に,以上を総括して,取消訴訟が提起されないような手続・手法によって実際的な問題解決を図ろうとする姿勢が顕著で,法執行活動を通してルールを形成するという発想は乏しい。要するに,「普通の行政機関」として活動しようとしている。
4 杉本委員長の下での公正取引委員会の活動を総体としてどのように評価するか。一言で述べることは難しいが,個人的には,多面的な取組は高く評価するものの,問題提起や啓発に終始したものも多く,やや不完全燃焼ではなかったかと感じる。前任の竹島委員長の下での積極的な法執行活動が多数の審判・訴訟事件につながり,その対応に苦慮し,決着がつくのを待たざるを得なかったという事情もあり,また,NTT東日本事件,JASRAC事件のように関係省庁との間での軋轢も生じていたともみられる中で,特に法執行面では慎重に姿勢にならざるを得なかったのではないかと思われる。
5 9月16日に就任された古谷一之委員長は,これまでの発言からは杉本委員長の路線を踏襲されるようであり,また,同日発足した菅新内閣の下で政府一体としての取組を意識した活動がより強まるものと思われる。独占禁止法・競争政策の実現手法については様々な考え方があるにしても,杉本委員長が道筋を付けられた諸問題について具体的な成果を上げていくことが課題となろう。古谷委員長の下の公正取引委員会がどのような活動を展開するか,期待を持って注視していきたい。
公正取引委員会年次報告(独占禁止白書)
~令和元年度年次報告に記載されていないこと
競争法研究協会会長 栗 田 誠
公正取引委員会は,2020年9月4日に「令和元年度年次報告」を国会に提出するとともに,公表した(注1)。近年では9月下旬に公表されることが多かったが,委員長の交代が予定されていることもあってか,少し早い時期になった。
言うまでもなく,公正取引委員会の年次報告(「独占禁止白書」と通称される)は,独占禁止法44条1項において,「公正取引委員会は,内閣総理大臣を経由して,国会に対し,毎年この法律の施行の状況を報告しなければならない。」と定められていることを受けたものであり,いわゆる法定白書である。かつては,年次報告において初めて公表される情報が含まれていたが(注2),現在の年次報告は,既に公表済みの情報を一定の章立てに沿って編集した資料集のようなものである(注3)。研究者にとっては,公正取引委員会の活動や独占禁止法の施行状況に関する細かな情報(例えば,日付や件数)を確認したい場合などには大変便利である。
したがって,年次報告が公表されたからといって,これを読む意味は基本的にはないのであるが,今回,私は,「独占禁止法と他の経済法令等の調整」についてどのように記述されているかに関心があったので,早速確認してみた。近年の年次報告には,「法令協議」(平成18年度までは「法令調整」と表記されていた)及び「行政調整」という見出しと数行の簡潔な説明だけで,具体的な調整案件については全く説明がないことに気が付いていたからである(注4)(注5)。
令和元年度においては,「地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律案」が本年3月3日に閣議決定の上,国会に提出されており,内閣官房日本経済再生総合事務局私的独占禁止法特例法案準備室や金融庁・国土交通省との調整が行われたはずである。なお,この法律案は,同年5月20日に成立しており,同年11月27日に施行される(以下ではこの法律を「地域基盤企業合併等特例法」という)。しかし,令和元年度年次報告には,本法律案に関する記述はなかった。
地域基盤企業合併等特例法は,いわゆる「官邸主導」で成立したものとみられるが,官邸主導を演出した金融庁及び国土交通省の作戦勝ちということかもしれない。ふくおかフィナンシャル・グループによる十八銀行の株式取得事案の独占禁止法による企業結合審査が長期化し,債権譲渡等の問題解消措置を条件に最終的に容認されたものの(平成30・8・24公表),企業結合審査が地域経済を支える地域銀行の経営統合を推進する上での支障になりかねないとの金融庁等からの問題提起を受けて,内閣総理大臣主催の「未来投資会議」における地方施策に関わるテーマとして検討された結果,「成長戦略実行計画」(令和元・6・21閣議決定)に独占禁止法の特例法を設ける旨が盛り込まれた。未来投資会議における検討においては,杉本和行公正取引委員会委員長が,第21回(平成30・11・6)及び第26回(平成31・4・3)の2回にわたり,公正取引委員会の考え方を説明されているが,流れを変えることはできなかった(注6)。また,表面的には地域銀行問題が大きく取り上げられていたが,実際には地方乗合バスの路線再編や運賃調整等の問題の方がより深刻であり(カルテルの問題であるから当然ともいえる),国土交通省等の関係者の水面下の動きも激しかったのかもしれない。
地域基盤企業合併等特例法は,主務大臣の認可を得て行う地域銀行の経営統合と地方乗合バス会社の共同経営協定・経営統合について独占禁止法の適用除外とするものであり,認可に当たっては公正取引委員会への協議が求められており,また,10年以内に廃止するものとされている(注7)。独占禁止法の適用除外に関わる法令協議について,なぜ令和元年度年次報告は沈黙しているのであろうか。
年次報告に記載されていないことに意味があると考えるべきであろうが,思い付いた理由は次のようなものである。年次報告に記載される「法令協議」とは,公正取引委員会が「(関係)行政機関からの協議を受け,独占禁止法及び競争政策との調整を図」ることである。しかし,本法律案は,内閣官房において企画・立案されており,それは「行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画及び立案並びに総合調整に関する事務」(内閣法12条2項4号)として行われていると考えられる。内閣官房は,行政各部より一段も二段も高い立場から,公正取引委員会を含む関係行政機関その他の利害関係者からの意見等を聴取した上で,本法律案を取りまとめたものであり,公正取引委員会は本法律案について内閣官房から協議を受ける立場にも調整を図る立場にもない。年次報告に本法律案に関する記述がない理由は本当に以上のようなことなのか,公正取引委員会の担当者に聞いてみたいところであるが,何か釈然としない。
平成13年1月に施行された中央省庁改革により内閣総理大臣の権限が強化され,省庁に跨る施策の調整・統一を関係省庁間の調整のみに委ねるのではなく,内閣官房が企画・立案や総合調整を自ら担うことができる体制になっており,「政治主導」の名の下にそうした傾向が強まっているように見受けられる(注8)。そうした体制や運用の是非は本コラムの範囲を超えるが,公正取引委員会の職権行使の独立性にも何らか影響が及ぶことは避けられないと思われる。
成立した地域基盤企業合併等特例法は内閣官房の手を離れ,主務省庁において施行されることになる。同法に基づく具体的事案が早晩出てくるであろうが(注9),そこでは金融庁又は国土交通省と公正取引委員会との調整になる。この調整においては,公正取引委員会の真価が問われることになるが,公正取引委員会との協議等の行方によっては,主務省庁が同法の協議手続の修正ないしは廃止を希望し,内閣官房の総合調整に委ねようとする行動に出る可能性もある。公正取引委員会としては,同法の協議手続を維持する観点から主務省庁との折り合いをつけることも必要になってくるかもしれない。また,公正取引委員会の実務では,企業結合や業務提携は独占禁止法違反事件としては処理されておらず,必要に応じ関係省庁と「調整」することも実際上行われているのではないかと思われる。違反事件審査として企業結合審査を行う場合に関係省庁との調整を行おうとするに当たっては,公正取引委員会の職権行使の独立性の問題と正面から向き合う必要が出てくるように思われる(注10)。
年次報告における法令協議に関する記述の問題から公正取引委員会の独立性の問題へと議論が大きく拡散してしまったが,令和元年度年次報告については,もう一つ,ICN(International Competition Network)におけるCAP(Framework for Competition Agency Procedures)がどのように記述されているかが気になっていた。以前,会長のコラム「ICNのCAPテンプレート」にも書いたように,公正取引委員会は,ICNに積極的にコミットしているにもかかわらず,なぜかCAPには冷淡であり,競争法の手続問題には及び腰であるようにみえる。令和元年度年次報告では,ICNについて3頁以上のスペースを使って,作業部会の活動を含めて詳しく紹介しているが(277-280頁),2019年6月に発足したCAPには言及するところがない。これも奇妙なことである。
冒頭に述べたように,公正取引委員会の年次報告は高い記録性・資料性を有しており,是非ともそれが維持されることを期待したい。
(注1)全文は次のURL参照。
https://www.jftc.go.jp/soshiki/nenpou/index_files/r1nenpou.pdf
(注2)なお,価格の同調的引上げの報告徴収制度が設けられていた時期には,独占禁止法44条1項第2文として,「この場合においては,第18条の2第1項の規定により求めた報告の概要を示すものとする。」と規定されていた。
(注3)例えば,かつては主要な企業結合事例が年次報告において初めて紹介されていたが(個別公表されるものを除く),平成5年度以降は「〇〇年度における主要な企業結合事例」として,例年6月に公表されている。
(注4)法令協議において,「公正取引委員会は,関係行政機関が特定の政策的必要性から経済法令の制定又は改正を行おうとする際に,これら法令に独占禁止法の適用除外や競争制限的効果をもたらすおそれのある行政庁の処分に係る規定を設けるなどの場合には,その企画・立案の段階で,当該行政機関からの協議を受け,独占禁止法及び競争政策との調整を図っている」(令和元年度年次報告28頁。下線追加)。
(注5)平成20年度以降をみると,「法令協議」について,平成20年度には「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法案」(以下ではこの法律を「タクシー適正化・活性化法」という),平成22年度には「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法の一部を改正する法律案」,平成23年度には「災害時における石油の供給不足への対処等のための石油の備蓄の確保等に関する法律等の一部を改正する法律案」について,それぞれ調整を行った旨記載があるが,それ以降の年次報告には全く記載がない。制定されたタクシー適正化・活性化法には,独占禁止法の適用除外を定める規定は設けられていなかったが,平成25年改正により,認可特定地域計画に基づくタクシー事業の供給輸送力の削減等に関する適用除外の規定が設けられている。しかし,平成25年度年次報告の「法令協議」の項には,この点の記載がない。ただし,同法の改正により適用除外規定が設けられた旨の簡潔な記述が「適用除外の見直し等」の項にある(137頁)。また,「行政調整」に関しては,平成15年度以降,具体的案件の記載はない。
(注6)未来投資会議第19回(平成30・10・5)において「地方施策協議会」が設けられ,専門的な検討を行うこととされ,「地方施策協議会」第1回会合(平成30・12・18)において,公正取引委員会(経済取引局長),金融庁及び国土交通省がそれぞれの立場を説明している。なお,地方施策協議会は,この1回しか開催されていないようである。
(注7)地域基盤企業合併等特例法の概要について,佐々木豪他「乗合バスおよび地域銀行に関する独占禁止法の特例法の概要」商事法務2233号(2020・6・15)42頁参照。
(注8)私は,1996年6月から1998年6月まで,公正取引委員会事務総局経済取引局調整課長の職にあり,関係省庁との「法令調整」「行政調整」に当たったが,現在の政府部内の政策調整の手順や手法は当時のそれとは大きく変わっているように見受けられる。
(注9)青森県を地盤とする青森銀行とみちのく銀行が経営統合に向けた協議に入っており,特例法適用の第1号になる可能性がある旨報道されている(2020・9・5各紙)。
(注10)もっとも,実際上,関係省庁との「調整」ではなく,関係省庁からの「意見」の聴取(独占禁止法67条)として位置付けることで,この問題を回避することになろう。
公正取引委員会の実像
競争法研究協会
会長 栗 田 誠
NBL誌(商事法務)において,公正取引委員会委員を務めておられた幕田英雄弁護士が「公取委 ありのまま」というエッセイ風の読み物を隔号で連載されていた1。委員長及び委員で構成される委員会における意思決定のプロセス等を可能な限り具体的に解説することにより,企業担当者や弁護士における公取委への無用な警戒感を軽減し,協調的な問題解決を目指す制度が円滑に運用されることを期待して執筆されたものである。確約手続が導入され(平成30・12・30施行),令和元年独占禁止法改正による調査協力減算制度の施行も近く予定される中で,大変時機を得た連載であったと思われる。特に,公取委という組織の活動は広く知られるようになってきているが,委員会内部の動きや意思決定プロセスは明らかになることがほとんどない中で2,公取委の実像を知る手がかりを与えてくれる。また,筆者(栗田)のように公取委事務総局の中間管理職に過ぎなかった者の見方・感じ方とは違う面もあり,大変興味深く拝読してきた3。
少し前になるが1163号(2020.2.1)においては,「第6回 委員会・ 新しい時代における委員会の使命」と題して,公取委がデジタルプラットフォーマー(DP)等の「旬のテーマ」に果敢に取り組んでいることを例に,委員会が「心理的余裕」を持って時代にふさわしい課題に取り組めるようになったと指摘されている。そして,心理的余裕をもたらした要因として,審判制度が廃止されたことにより「裁判類似の機能を果たすために莫大なエネルギーを注いでいたこと」から解放され,「長期的な課題や新規の問題についてじっくり考えをめぐらせる」ことができるようになったことを挙げておられる。筆者が公取委事務総局を離れて20年近く経過していることもあり,なるほどと思う面がある半面,違和感を覚える点も少なからずあった。以下では,幕田弁護士のこの論稿について,いくつか感想を記してみたい4。
第1に,2016年夏以来,公取委がDP等の「旬のテーマ」に切り込んでいるという幕田弁護士の認識(「旬のテーマ」に切り込む委員会)は正しいと思う5。付言するならば,近年の新規分野への取組は評価すべきことではあるが,2000年代終盤から2010年代央までの停滞からの脱却とでもいうべきものではないか。公取委が1990年代から2000年代にかけて,政府規制,知的財産,国際取引等に関わる新規の事件にチャレンジしていたことについては,旧稿において詳述したとおりである6。
第2に,審査事件として取り上げ処理するためには,最終権限を有する委員会メンバー間で判断枠組が共有される必要があり,そのために時間をかけてコンセンサス形成が行われると指摘されているが(「ローマは一日にしてならず」,同じように…),筆者には必ずしも(あるいは,常に)適切であるとは思われない。ハードコア・カルテル及び再販売価格の拘束以外の行為類型については,違法判断の基準や分析手法も十分確立していないことが少なくなく,委員会メンバー間のコンセンサスを待って取り上げるのでは時機を逸することとなりかねないのではないか。独占禁止法違反行為には,将来に向けて行動の是正を命ずるだけで足りる(制裁を課す必要がないばかりか,むしろ有害である)ものも多い。公取委が取り上げることの影響を考慮しつつも,違反を疑う合理的理由がある限り,審査を開始することが適切である(もちろん,審査の手法はいろいろあり得る)。そもそも,公取委は合議制の機関として,熟議の上での多数決による意思決定が制度化されている。
第3に,審判制度廃止後も「所管する業務の専門性,業務の要中立性・公平性という実質」から判断して公取委の独立性の維持が依然として必要であると指摘されており(審判制度廃止後も変わらない公取委の役割),それ自体は当然といえる。問題は,審判制度廃止により行政委員会という組織形態を採る必要性・必然性が低下したのではないかという点にあると思われる。市場実態の把握や調査分析は言うまでもなく,独占禁止法違反行為の探知・審査・処分だけであれば,独任制の方が迅速な意思決定が可能になり,適切ではないかという考え方もあり得る。しかし,独任制機関にあっては,合議制機関に比べて外部からの影響を受けやすくなり,独占禁止法執行の独立性の維持が難しくなることも考えられる7。
第4に,委員会が審判関連業務に莫大なエネルギーを投入していたことを指摘され,それを否定的に捉えておられるようにも見受けられるが(審判制度の下,審決関連業務に注入された,委員会の莫大なエネルギー),いくつか疑問もある。委員会が違反事件に関する最終判断をして委員会名で処分を行う以上,相応のエネルギーを投入すべきことは当然であるし,米国連邦取引委員会のように,必要に応じて委員長・各委員に専属のスタッフを付けることも検討されるべきである。また,独占禁止法は審判官制度を採用し,審判開始から審決案の作成までの一切を委任する運用が行われてきたから,委員会の負担は審判事件の最終段階にすぎない。さらに,委員会が審判関連業務に時間を取られていたのは2000年代中頃から2010年代にかけての限られた期間であったと思われるし,多くの審判事件は実質的には課徴金の額を争うタイプのものであり,それは課徴金制度の不備によるところが大きく,その改善を図ることこそが求められたのではないか(この点は現時点でも大きな課題として残されている)。
第5に,審判制度の廃止により,命令の当否を判断する機能が裁判所に移されたことから,委員会には新規の問題・長期的課題を考える「心理的余裕」が創出されたと指摘されていることについてであるが(新規・長期的課題を考える「心理的余裕」の創出),それ自体は望ましく,また,必要なことであると思う。しかし,公取委の最大の任務が独占禁止法の執行であることに変わりはない。残念ながら,排除措置命令書からは公取委の独占禁止法解釈や関係人の意見に対する考え方を伺うことができないし,ハードコア・カルテル及び再販売価格の拘束以外の類型の違反事件について排除措置命令が行われること自体,極めて稀であり(近時の確約手続の運用についても疑問なしとしない),審判廃止による余裕がこうした面では活かされていないようである。
以上は幕田弁護士の論述に沿った感想であるが,論述されてないこと,すなわち,公取委が審判制度廃止によって失ったものについても指摘しておきたい8。審判制度を失った(むしろ「手放した」というべきかもしれないが)ことにより,公取委は独占禁止法の多様な違反行為類型について具体的な違法性基準を形成する機能を喪失したということである。この点については,早い段階から的確に指摘されてきたし9,旧稿でも言及したことがあるので,これ以上は論じない。
幕田弁護士の論稿について,やや批判的に感想を記してきたが,やや揚げ足取り的になった点があるかもしれない。幕田弁護士のご趣旨を誤読・誤解していないことを願うのみである。
1 NBL1153号(2019.9.1)から1175号(2020.8.1)までの隔号に12回連載。
2 公正取引委員会議事録の開示に関する情報公開・個人情報保護審査会平成18年度(行情)答申第 454号・第455号(平成19・3・22)参照。
3 連載第1回を読んで,日米構造問題協議を契機とした独占禁止法の強化が始まった時期に刊行された川井克倭(元公取委首席審判官)『いやでもわかる公取委』(日本経済新聞社・1992年)を思い出したが,同書は違反事件の審査・審判の実情には詳しいが,委員会の意思決定プロセスには言及していない。
4 筆者は,公取委事務総局での最後の3年間を審判官として勤務し,また,その後も審判制度存続(廃止反対)の立場から論述してきたことを申し添える。栗田誠「公正取引委員会の審判制度の意義とその廃止の帰結」日本経済法学会編『独禁法執行のための行政手続と司法審査』日本経済法学会年報31号33-48頁(有斐閣・2010年)参照。
5 栗田誠「独禁法の行政的エンフォースメントの課題―公取委による「安上がりな」法実現の現状とその評価」上杉秋則・山田香織編著『独禁法のフロンティア―我が国が抱える実務上の課題』(商事法務・2019年)第1章(2-41頁),31頁以下参照。
6 栗田・前掲注4のほか,栗田誠「排除行為規制の現状と課題」金井貴嗣・土田和博・東條吉純編『経済法の現代的課題(舟田正之先生古稀祝賀)』(有斐閣・2017年)175-195頁参照。
7 独立・中立の法執行者として評価されてきている米国司法省反トラスト局が2019年8月に自動車メーカー4社に対して開始した反トラスト審査について,トランプ政権による政治的介入ではないかとの批判が提起されたことも想起される。See Grant Petrosyan, DOJ’s Probe into Four Automakers: Impartial Investigation or Politicization of Antitrust?, CPI’s North American Column, October 2019.
8 幕田弁護士は審判制度廃止の意義自体を論じておられるわけではないので,フェアでないようにも思うが,ご宥恕願いたい。
9 例えば,平林英勝「公正取引委員会の審判廃止がもたらすもの」筑波ロー・ジャーナル4号35-53頁(2008年)参照。
当協会の名誉会長 伊従寛先生が6月29日にご逝去されました。伊従先生は,平成12年から会長を務めてこられましたが,その卓抜なアイディアと持ち前の行動力で協会の活動を引っ張ってこられました。私自身,個人的にも協会の様々な活動に参加する機会をいただきました。北京での国際カンファレンス,米国セントルイスのワシントン大学での研究会,独占禁止法の手続に関する研究会,電力事業に関する勉強会等々,その一つ一つが鮮明に思い出されます。 協会の活動を進めていく上で,先生を失ったことは大きな痛手でありますが,先生のご遺志を受け継いでまいります。先生の長年に亘るご指導に感謝いたしますとともに,謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 競争法研究協会会長 栗田 誠
①課徴金算定における調査協力減算制度関係 ・課徴金減免規則の全部改正案 ・「調査協力減算制度の運用方針」(案) | 公取委の裁量の透明性を求める意見,最小限の減算率にされてしまう懸念等が出ている。 |
②弁護士・依頼者間秘密通信記録物件に係る判別手続関係 ・審査規則の一部改正案 ・「事業者と弁護士との間で秘密に行われた通信の 内容が記録されている物件の取扱指針」(案) | そもそも考え方が大きく対立してきただけに,極力限定したい公取委と極力拡大したい経済界・法曹界との溝は大きい。グローバル企業の実務への考慮等を主張する意見がどこまで反映されるか。 |
③供述聴取後のメモ取り関係 ・審査手続指針の一部改正案 | 供述聴取終了時に限定せず,途中段階でのメモ取りを認めるよう求める意見が出ている。 |
審査事実 | 考え方 | 大阪ガスの申出 | 評価 | |
① | 「同社の変動費に託送料金相当額を加えた水準を下回る額でガスを販売していた事実はほとんどなかったこと等から」,違反行為があるとは認められなかった。 | ― | ― | ― |
② | 包括契約の対象個別契約に係る取引を他のガス小売事業者に切り替えた場合,通常,金銭的負担が生じる。 | 不当に,他のガス小売事業者に取引を切り替えると金銭的負担が生じることにより,競争者の取引機会が減少するおそれがあるなどの場合には違反になる。 | 対象個別契約の一部について取引を継続しない場合,他の対象個別契約について包括契約を締結する等の措置を採る。 | 需要家が包括契約の対象契約を他の事業者に切り替えることに伴う金銭的負担がなくなり又は軽減されるため,競争者が取引を獲得することが現状に比して容易になる。 |
③ | 個別契約を中途解約する場合,中途解約金の支払いを需要家に義務付けている。 | (同上)「不当に」に該当するかどうかは,中途解約により発生することが合理的に予測される損害の額等を勘案して判断される。 | 中途解約金の額をおおむね現在の約7割に引き下げる。 | 他の事業者に切り替えることに伴う金銭的負担が軽減され,競争者が取引を獲得することが現状に比して容易になる。 |
事件名 | 立入→認定日 | 違反被疑行為 | 確約計画 |
①楽天 | 2019・4・10→2019・10・25 (約6か月) | 「楽天トラベル」における宿泊施設業者との間の同等性条項(他のルートよりも不利でない条件の要求)等【不公正な取引方法(拘束条件付取引)】 | 3年間の同様の行為の禁止 再発防止策 |
②日本メジフィジックス | 2018・6・13→2020・3・11 (約21か月) | がん診断用医薬品の新規参入者に対する妨害【排除型私的独占又は不公正な取引方法(競争者に対する取引妨害)】 | 3年間の同様の行為の禁止 再発防止策 |
③クーパービジョン・ジャパン | 2019・6・11→2020・6・4 (約12か月) | コンタクトレンズの価格広告の禁止等【不公正な取引方法(拘束条件付取引)】 | 3年間の同様の行為の禁止 再発防止策 |
年頭所感
競争法研究協会 会長 伊従 寛
新年あけましておめでとうございます。
ご存知のとおり、2013年12月に通った独禁法の改正案に基づいて今、独禁法の執行手続きの規則を公取委では検討しています。おそらく近いうちにパブコメされると思いますが、どうなっているかということを簡単にお話ししておきたいと思います。
アメリカでは独禁法が実施されたのが1900年前後です。ルーズベルトのニューディール政策の第二期の頃です。そのところに日本の独禁法が出来ました。1950年代・60年代で、随分強化され、合併規制が始まって十数年間で約1千件の合併が規制されました。
それから当然違法の原則は価格協定だけでも再販、テリトリー制などで非常に発展して、鮮明に独禁法の流れができたのです。
その後半世紀経って、アメリカの独禁法は随分変わっています。
一つは70年代に最高裁の判例で、合併についてはシェア基準だけでは規制できない、ほかの要因をちゃんと考えないとだめだという判決でした。そして77年にシルベニア判決で、当然違法を合理の原則に変えてしまったのです。ブランド間競争では競争制限効果と促進効果の両方見なければいけない。だから当然これでやるのはおかしいという論理に立った。
80年にレーガン政権のとき、価格協定以外は全部合理の原則でやったところができて、それで違反かどうかは経済自治体に則してやるというかたちになった。これは上院、下院民主党でしたから、レーガン政権とブッシュ政権の12年間に、執行部と議会は対立した形になっていて、その間、判例のほうは緩やかなかたちで合理の原則をどんどん拡大していきました。
その後民主党政権になって、民主党は判例を尊重して経済自治体に則すということでした。現在のアメリカ独禁法の規制というのは、クリントン政権のときに合併規制をして、技術ライセンスにしても80年以前はアンチパテントになり、特許は非常に危険だといわれていたのが、レーガン政権はプロパテントになりました。
考え方だけではなく、実際に95年のガイドラインにそれが反映されて、そこで60年代の規制が大きく変わりました。
それと同時に、じつは手続きも変わったのです。アメリカの場合刑事事件は別にして、立ち入り検査はありません。ですから強制権限に基づいて報告命令とか資料提出命令でやるわけです。疑いがあれば、どの程度の疑いかということも相手方に知らせなければいけない。相手方がそれが適当な強制権限かどうかを納得できなければ、裁判所で争うわけです。ですから結局違反の被疑事実をはっきり説明しないといけない。
結局、随分手続きが変わって、2009年にオバマ政権の時、局長がアメリカの手続きについて説明していますけれども、アメリカではもう強制権限でやる以外ない。強制権限は要するに調査のための一つの土台みたいなものですが、それををそのまま出すのではなくて、相手との対話でやる。それはダイアログとディスカッションなのです。相手はいつでも疑いについて審査の各段階で来ているし、どういう疑いがあるかがわかっている。病院へ行って、レントゲンの写真なんかを全部見せるみたいなものです。ですから調査するのだったら協力しようという形になっています。情報交換はいつでもやります、意見交換もいつでもやりますということです。
今は独禁法を強制権限を使ってやるのではなくて、相手との協調によってやっています。このようなスピーチを2009年に国際法曹協会の会合でしています。
EUの手続きはアメリカと同じように、日本ではまだはっきりしていない事前聴聞制をとって、防御権も認めて、審査官の資料も全部開示しています。それでも文句が出ている。制裁金が高くなったということもある。10億ぐらいが500億、1,000億ぐらいです。ことに単独行為の問題について、EUの執行手続きは不公正だということになっている。そのときにこのスピーチが影響して、結局EUは2011年10月に、FTCと同じように相手方と十分に意見交換、情報交換の会合を持って、相手方に納得してもらって調査をやるというかたちに変えているわけです。
要するにこの50年間で、独禁法の執行手続きが随分変わっているのです。日本はそういうことをあまり知らないで、2005年の改正で反対に事前聴聞手続きをなくしているわけです。これから外国企業も日本に入って来て、手続きが米国、EUと日本が違うわけですから、国際的に協調をして独禁法をやることはできないし、作業部会もいろいろと困ると思います。こうしたことはあまり知られていません。
今、手続き規則が検討されていますが、こういったことをよく考えながら、作業部会でもこれはいいチャンスですから、十分意見を言ったほうが宜しいと思います。
2014.7.11 第219回月例研究会 伊従会長挨拶の言葉
本日はお忙しい所お集まり頂きまして有難うございます。お手元に、「独占禁止法審査手続に関する論点整理への意見」という資料をお配りしました。今年2月から内閣府で独禁法懇談会が開かれていて、色々な論点整理がなされているのですが、それらの論点整理に関してパブリックコメントが募集されていました。既に経団連ほか各関係から意見が出されていますが本日(7月11日)当協会を代表して私が提出を致した資料です。
昨年末の改正独禁法で、付則で独禁法違反の審査の段階で企業の防御権、弁護が十分かどうかを検討しなさいということで、国会の付帯決議ではそれを前向きに検討するということでした。
今は経済が非常に複雑になっています。市場に独禁法を適用するのですが独禁法は「競争を制限したか否か」を判断する、大変抽象的な法律なのですが、企業・市場の実態を正確に把握して規制されなくては困る。企業の方は、法律の専門家としての弁護士に相談しながら、必要な時は立ち会ってもらって対応する、そうした手続が保障される必要がある。
独禁法47条に審査手続が規定されていて、任意ではなくて強制的な審査権が書かれています。その中の資料提出命令や報告命令、これらは期間の余裕があるから企業としても落ち着いて考えられます。
困るのは立入検査と供述調書。これは任意ということになってはいるけれども実際には公取に呼ばれ、出頭を断ることはできません。供述調書を作る場所も指定されて、そこは密室です。必ずしも任意ではない。
誘導尋問は禁止されているはずですが供述調書を取るためには前もって審査官のところで準備されていて、そうした質問に応じて答えるという形で作成されています。審査官の筋書きが入っているということも考えられます。
供述調書は、法廷で争った場合に証拠として使われる場合があります。嘘をつくと罰則がかかる宣誓証言がついていても、例えば審査の早い時期に本人が喋って押印しているとなると、こちらの方が優先されて、違反だと認定されている。
そういうことで、取り調べ方について非常に問題があると、意見書ではそれらのことを指摘しています。最初から弁護士がついて、企業の立場からの意見も反映して、つまり多角的に両面を見て実態を正確に把握して、実態に則した独禁法の運用をして頂きたい、という趣旨の意見です。
アメリカでは今、独禁法運用は非常に厳しい。政策的なことに関しても日本はアメリカの真似をして課徴金などを上げていっている。そうであれば手続面でも同じにしてほしい、ということです。
実体規定の方に皆さんは関心があると思いますが、独禁法はむしろ手続の方が重要で、今度の改正は、独禁法にとっては非常に重要です。アメリカでは独禁法は判例法で、裁判所で決まっていく。アメリカでの60年代ガイドラインでは、合併については25%超えれば認められないという規制を、約20年間、1000件近く続けていたのですが、現在では判例によって変わってきました。例えばボーイングとダグラスの場合など大型合併の場合で、100%でも認められましたがこれは法律改正ではなくて判例で変わった。判例法が優れているのは手続面です。
独禁法はアメリカが世界的にみても先例で、他の国もアメリカの運用を見習って具体的な規制を行なっています。ですから手続問題は大変重要なのです。今回のパブリックコメント募集は、この機会に勉強するという意味でも良い機会と思います。
本日はTPPについてのお話です。TPPは難しい問題で、非常に影響が大きい。なかなか決着しないのも、それだけ困難な問題を抱えていることを物語っています。
グローバル化が進むことで、二点注意しなければならないことがあります。ひとつは東アジア市場という成長率が高い新興国に欧米が入って、益々国際競争が激しくなるということです。国際競争というのは外国法の競争であることには間違いないのですが、自由化した場合に日本がその市場に含まれてしまうのです。いろいろ企業の活動に影響が大きいと思います。
それからもう一つは、外国独禁法というと日本では米国とEUの2つだけだったのですが、東アジアとの関係が非常に密接になってきて、皆さん方の企業でも東アジアに進出したりと、関係が深いと思います。そこでの独禁法です。日本の独禁法は終戦直後に出来たのですが、韓国では1980年に制定されて、日本の影響を受けている。ただ90年代から韓国は大分変ってきています。他の国も2000年代から随分積極的運用をしています。動きを知っておかなくてはならないと思います。
(2014.5.14 第217回月例研究会 伊従会長挨拶の言葉)
本日は皆さんお忙しい所お集まり頂き、有難うございました。
昨年5月に出されていた、独占禁止法の改正法案が12月に成立しました。
経緯をちょっとお話しますと、2005年の法改正で、アメリカの事前聴聞制度をモデルにしたような事前審判制度、要するに処分前に、不服があったら争える規程を削除しました。独禁法の執行手続を強化するという非常に強い要望があり、それに沿った形で課徴金を5倍にして、算定率も10%に、さらに再度の違反者には割増、それからリニエンシー制度という、情報を最初に提供した場合には課徴金を減免するということにしました。その時に附帯決議が付きまして、その規程については問題があるから見直そうと、内閣府に独禁法懇談会が出来て、2年間審議されました。会議は30数回されて議事録も全部残っています。
2007年に報告書が出されて、独禁法の場合には準司法的な事前聴聞手続が必要だという提案をしたのですが、公取委はすぐに、事後審判制度を維持するという見解を発表しました。2009年に経団連が、被処分者がまた審判をされるというのはおかしいから、見直し案として、すぐに裁判所に行くべきで事後審判制度はやめてほしい、そしてもう一つは事前手続の充実をせよ、という要望を出しました。
2010年の法案は審判の廃止ということを非常に強く言いました。公取は訴追機関ということで執行力を強化すべしと。これには独禁法の非常に多くの学者が消費者団体も反対していました。そして2013年の法案では、事前手続に関してちょっと曖昧になって、国会では11月に、衆議院と参議院で一日のうちに審議を終え、いずれも可決しました。
衆議院経済産業委員会での内容を見ますと、ちょっとびっくりしました。公取と稲田大臣が答えているのですが、審判については「審判廃止」とは言わない。経済界から、審判官と審査官が一緒になってやっていることについて、不公正性という懸念を抱かれているので、その懸念を払底するためにやめる、こういう言い方をしていました。それともう一つ、杉本公取委員長の説明は、公取は今まで審判、を証拠に基づいて厳正中立的にやってきたので良いのである、ということです。ですから内容を見ると、事前聴聞手続はよいのだと、やめるのは、外部からの誤解があるので払底するためにやめる、こういうことでした。
それで、今度の新しい意見聴取手続は、手続管理官がきちんと、証拠もとってやりますということで、期間もこれまでの2年以上かかっていたものから、短くすると。実質的には前と変わりないものだと思います。ただし、手続管理官は、委員会に対する報告だけで、自分の意見がどこまで言えるのかわからない。想定すべきだという意識があって、想定するにあたり証拠があるから、証拠の評価を入れるべきであると。結論を出さない、日程を入れるかはっきりしない、委員会は十分に手続管理官の報告書を斟酌しなければならないが、斟酌すべき内容が曖昧だということです。
それから国会での附帯決議で、これは公取の答弁と改正問題担当・稲田大臣の対応を受けたものですが、事前手続を充実させる。手続管理官の中立性を確保させ、明確・確実な形にせよということです。
また、付則で、審査手続の中で被処分者の弁護権を拡充するということで、弁護士の立会権、コピーの取得権などです。これについて見直しをしようと、内閣府に審議会が今月(3月)末に出来るようです。今後一年以内ということです。産業界にとって大事なことは、一方的に考えを言っていられない。争うことができるかどうか、事前聴聞手続ができるかが非常に重要です。アメリカでもEUでも、憲法のところで、軛処分される場合には必ず事前に争うチャンスを与えろと言っています。それは日本では守られていない。手続がきちんとしていないと、行政官庁の裁量の範囲内で、考えを押し付けられるだけになってしまう。内閣府の言っている「準司法的手続な聴聞手続」:準司法的というのは証拠に基づいて、ですから、証拠に基づかないものは処分できないと、こうはっきりさせなくてはならないのです。こうした重要なところで、これから一年間の審議会で色々チャンスがあると思いますから、企業の方でもいろいろお考えになると良いと思います。
あけましておめでとうございます。
独禁法ができたのは1947年ですから、今年でもう60年以上になります。今、改正案では手続の問題が、結局以前話しましたように、出来てみたら手続が違う手続なので、アメリカやEUの手続とも違う形になっています。それをそのまま恒常化しようという改正案ですから、非常に問題だと思います。手続ばかりではなく、日本の場合、法律自体、実体規定についてもあまり突っ込んでやっていない。アメリカの表面的なまねだけをしたという面が強いです。不当な取引制限、カルテル、中心になるのは価格協定の問題です。競争者間の協定の問題です。アメリカでは価格協定についても、法律ではなくて判例法で立証の方法として、具体的に競争制限を立証する必要がなく、価格協定の合意があればそれだけで立証できます。当然違法の原則に乗っているのですね。要するに、競争の実質的制限まで入って経済実態を分析して違法かどうかを決めるのを合理の原則といって、通常は合理の原則でやるけれども、価格協定だけは一番やりやすくて、弊害も多いということで、当然違法の原則(per se illegal)という制度があります。日本は、アメリカでできた判例法の証拠法上の原則をそのまま取り入れて、原則禁止にしました。
では、この話の続きは、月例研究会でお話をしたいと思います。
会員の皆様の独禁法研究へのご理解を一層深められますよう期待いたします。
最近、独禁法関係で1番重要な問題は、今年の5月に公取委が独禁法の改正法案を出したことです。この法案の内容は、今から3年前になりますが、2010年3月に出した法案とほぼ同じ内容です。どのような内容かといいますと、2005年の独禁法改正以前には、独禁法の事前審判手続、つまり、処分をする前に被処分者が争った場合は、処分前に事前審判において被処分者の意見を十分に聞くという手続があったわけですが、独禁法の執行力強化の観点から2005年の法改正により、その事前審判制度を廃止して、処分をした後に被処分者の意見を聞くという事後審判制度に変えています。憲法第31条は、何人も適正手続によらなければその生命財産を又は自由を奪われないと規定し、行政手続き法は重要な危害を毀損する場合には事前聴聞を規定しており、この改正点は国会の審議でも問題になり、改正法の附則13条で政府は2年以内にこの点の見直しをする条項か付けられました。そして、内閣府に独占禁止法基本問題懇談会が設置されました。この懇談会の報告書が2007年6月に出ました。その報告書は、「独禁法違反事件のように事業者の活動に重大な不利益を与える措置を採る場合には、被処分者に対し事後審判方式ではなく、準司法的な事前審査型審判方式を採ることが適切であるので、一定の時期が経過した後、事前審査型審判方式を採用する必要がある」という提案を行いました。公取委はこの提案を事実上拒否して、2010年に出したのは、事後審判手続を廃止する法案であり、そこでは行政処分の前には2005年改正後の現行法の「意見陳述手続」と実質的に変わらない「意見聴取手続」を採るだけであり、内閣府懇談会の提案した準司法的な事前審査型審判方式は採用されず,証拠による中立的な事実認定の制度は排除されていました。この法案に対しては50名を超える独禁法学者が内閣府懇談会の提案した事前審査型審査方式を無視するものとして反対し、全国消費者団体連絡会も同様の理由で反対しています。この法案は、その後国会では実質的に審議されることなく、2012年11月の衆議院解散により廃案になったのですが、本年5月24日に公取委は再度この法案を国会に提出しています。それから、「公正取引情報」に出ていたのですが、米国通商代表部(USTR)の本年度の不公正貿易報告書には日本の独禁法改正で事前聴聞手続が削除され、憲法の適正手続(デュープロセス・オブ・ロー)の原則に違反する疑いがあるとしています。適正手続は民主主義の基本に関する原則であるので、この批判は十分に考慮する必要があると思います。この情報については,外務省に問い合わせましたが、確かな情報です。独禁法の基本手続きが米国・欧州連合と対立していると言うことは極めて重大なことだといえると思います。日本の企業としてはこの独禁法の手続が米国・欧州連合と異なり被処分者に不利にされていることに十分留意する必要があると考えます。
米国では以前から独禁法の執行手続を非常に重視し、処分をする前にはっきりと事前聴聞制度をとって、裁判手続と同じように、審査官の集めた資料については、原則的にすべての資料を被処分者に閲覧させて、それを証拠として利用することができるという手続を採って、準司法的な手続になっています。欧州連合も以前から事前聴聞権を基本権として被処分者に認めていましたが、ご存じのとおり欧州連合では独禁法違反の制裁金が90年代から著しく高額になり、産業界がそれに対して非常に反発して、「手続を公正にしてほしい」と主張し、結局2011年10月に違反事件審査手続に関する「ベストプラクティス」という通達を欧州委員会が出しましたが、その手続の内容は米国の連邦取引委員会の手続とほぼ同じになっています。審査官は法律で強制調査権を与えられていますが、審査においてはできるかぎり相手方の了解を取って審査するようにし、相手方に違反事実を自白させることは禁止され(自己負罪拒否権)、供述に際しては弁護士同伴が許容され(弁護士同伴権)、供述調書のコピーは入手でき、審査中に上級審査官や審査局長と面会し質疑を交わすことが保障され、和解手続(同意命令手続)の機会が与えられ,処分案を争う場合には処分前に事前聴聞権が与えられて証拠に基づく事実認定の権利か与えられ、審査官が収集した資料はすべて閲覧し証拠として利用することができ、審査・聴聞手続の重要な段階で審査官等と質疑応答する機会が与えられ、事前聴聞の主宰者(聴聞官)は審査関係者や上級職員からの独立性が保障されており、審査・聴聞の全課程を等して当事者は対話と協議により審理手続きが進められるとされており、詳細な手続き規則が公表されています。問題は、市場経済の関係事業者は対立と強調の中で事業活動と競争を行っており、その行動の認定は極めて複雑であり、審査官が一方的に資料を評価し事実認定を一方的に行うことは適切でなく、市場の経済実態に即して事実認定を行う必要があるからであるので、相手方に対して最大限の弁護権を当てています。市場経済の場合には、関係事業者というのは、ある面からみると、よくカルテルなどで同業者がみんな集まって協調して値を上げることばかり考えるとうことですが、反対の側面から見ると、同業者はみんなライバルで敵対しています。ですから、対立と協調と両方あって、資料の見方や評価の仕方というのは非常に難しいわけです。それを審査官の一方的な視点で見るのは問題であり、被処分者もすべての証拠について閲覧して評価することが認められています。米国でも欧州連合でも関係資料を全部当事者に公開して、それを利用できるという形にして、その証拠でもって客観的・中立的に事実認定をするということになっています。米国の反トラスト局長は手続を公正で透明にすることは被処分者の防御権を守るためだけではなく、複雑な市場経済の秩序を守る独禁法の執行手続をすべての市民に信頼されるためにその公正性の保障が必要であり、そのためには独禁法の行政処分をする前に相手方の意見を十分に聞く必要があると述べており、日本の2005年の執行力強化のために処分前に相手方の意見を聞かないという考えとは逆の考えを述べています。日本の場合、独禁法執行手続において被処分者の意見を聞くという事前審判制度を2005年改正で執行力強化のために否定し事後審判制度にしたのです。このような面でいうと独禁法の手続は非常に重要な問題で、実体規定の改正よりも今度の手続の改正のほうが重要です。今回の改正法案がそのまま通れば、準司法的な独禁法の事前審査型審判方式が長期的に否定されることになり、そのことはわが国の独禁法が米国や欧州連合の独禁法と異なり、市場経済の経済実態に沿った準司法的で民主的な手続と相反する手続で公取委の意のままに執行される独禁法になるからです。ですから、現在国会に提出されている独禁法改正法案の問題については、独禁法の実際の適用を受ける皆様方が是非強い関心をもっていただきたいと思います。
皆様、お暑いところお集まりいただきましてありがとうございます。今日は隅田先生から、アメリカ、EU、日本の縦の制限協定について比較してお話しいただくわけです。わたしはその前に、縦の制限協定というのは、独禁法でどのような位置を占めているか、ということについて簡単にご説明しておきます。
お手元に1枚紙の「縦の協定の規制と独占禁止法」というメモがあります。これを簡単にご説明します。日本の独禁法は今、随分条文が長くなっていますが、アメリカもEUも、よく法3条といいますが、独禁法の基本規定は3条ばかりです。規制している内容は3つあるわけです。1番目は、単独行為です。独占的な企業の単独行為です。2番目は、共同行為です。企業同士が共同してやる行為です。3番目は、合併の問題です。独禁法を持っている国は100カ国以上ありますが、それが集まってICNというのがあります。そこでも大体この3つの対応に分けて議論しています。ですから、いろいろ言うけれども、独禁法といった場合に、この3つの行為対応が規制の対象になると言っていいと思います。
(第6回競争政策研究会 会長挨拶より抜粋)
皆様、お忙しいところをお集まりいただきましてありがとうございます。
新聞でご存じのとおり、先月公取委の委員長に杉本さんが就任されました。去年の9月以来かなり長い間、3人の委員で異常な状態が続いていたのですが、3月になりまして新しい委員会ができたということです。新委員長は、就任のときに、前委員長の後を継いで同じように独禁法を冷静に運用していくといわれています。新聞でご存じだと思いますが、今、政治的には消費税の増額の問題が重要で、それに伴って、公取委は、消費税が適正にとれるように独禁法でバックアップすることでいろいろ措置を考え、それが法案になって出ていましたが、当面はその問題が一番重要で、公取委のほうも忙しかったのではないかと思います。
委員長は、今ご紹介しましたように、前委員長の10年間の実績を踏まえてその路線を続けていくと言っておりますが、そうなるかどうかについては、わたしは若干疑問を持っております。といいますのは、今の独禁法の運用というのは、国際的なアメリカ・EUを中心にした独禁法の運用ルールが、経済のグローバル化に対応してかなり変わってきています。日本と格差が出ているのではないかという感じを受けています。どのような点かといいますと、いくつかの面で出ていますが、1つは国際カルテルです。グローバル化に伴ってグローバルな競争が大きな流れになって、それを阻害する国際カルテルに対して、アメリカ・EUでは90年代半ばから非常に厳しく取り締まっています。日本の企業がそれに含まれていて、アメリカ・EUで随分取り上げられています。今アメリカでは特に国際カルテルの対策として、外国企業の独禁法違反に対して会社だけではなくて個人も。日本も個人をやっておりますが、個人に対する刑罰が執行猶予付で実際に実刑が科された例はないのですが、アメリカではどんどんこれを実刑化していて、それが非常に多くなっています。
先日新聞にも出ましたけれども、自動車の部品問題で日本の企業の幹部が随分収監されております。日本ではなかなかそういうことをしないのですが、刑期が従来は2~3カ月であったのが、今は3年、4年とどんどん厳しくしております。日本も合併については反対にグローバルな競争に対応するために、随分前からシェア基準から実際の経済的な分析に変わってきています。これも日本がシェア基準から離れだしたのは2000年ぐらいです。ですから、これも随分遅れていて、また、手続も経済分析になるとどのような調査をするかというと、手続についても膨大な資料が必要です。一昨年の新日鉄の合併のときに、欧米並みになって、これも改善されてきているわけです。
今残っている重要なことは2つあり、1つめは縦の協定です。メーカーと流通・販売業者との関係。各国では、国際競争に対応するために、縦の協定は横の協定と違うという認識が強くなって、ブランド内競争については原則としてはやりません。ブランド間競争を制限する場合にやる、と。それも競争に対する経済的な悪影響を立証してやるというかたちになっています。これがかなり形式的になっています。1991年の流通ガイドラインがかなり遅れているわけです。あのようにやることが、家電業界のように流通対策、販売組織が非常に遅れてしまいました。国際競争で非常に不利になります。このような問題が解決していないのです。
また2つめは、手続が競争に対応するので、制裁金が高くなったことと関係しますが、EUが手続を2011年10月にアメリカのFTCの手続とほぼ同じ手続に変えています。基本的な考え方というのは、当事者、つまり規制する職員と規制を受ける会社の職員との対話によってやる、というかたちになっています。日本の場合、かなり一方的に手続がとられているし、2005年の改正で事前手続をやめて処分をいきなりやって、文句は後で聞くというかたちになっています。それに関連する改正案も出て、今廃案になっています。それをどうするかという問題が出ています。
ですから、このような状態をみると、前委員長のときの路線がとられるかどうかについては、わたしは若干疑問です。この動きというのは、グローバル経済がどんどん進んでいるわけですから、しかも東アジア市場を中心にそれが展開されるというときにどうなるかというのは、皆様方も関心を持たれておくといいのではないかと思います。
(平成25年4月 月例研究会 談話より抜粋)
あけましておめでとうございます。
下請法の問題の最近の規制の状況について。
下請法というのは、独禁法の中では昭和28年の改正で入った優越的地位の濫用行為の規制に属するものです。ご承知のとおり、優越的地位の濫用行為については、独禁法の学者の中では意見が分かれていて、積極説というのは正田先生に代表されるものです。正田先生の独禁法の理解というのは、経済的弱者を救済するのが独禁法だ、という見地から優越した地位の濫用についてはほぼ全面的に支持する考えです。それに対して批判的なのは今村成和先生です。独禁法というのは本来競争制限行為を規制するから、競争制限行為との関係上、優越的地位の濫用についてはあいまいである、というので、規制そのものに反対されているわけではないのです。今までもこの2つの考え方というのは共存していて、公取ではやや中間説のような形をとって、競争の制限に直接関係はない、と。中小企業の営業の自由の問題だ、というような形で、やや中間的な見解でやってきています。
独禁法上はそのような問題があるのですが、現実の問題でいいますと、下請法は非常に重要な機能を果たしていると思います。この前の3.11東北の震災の後、世界が注目したのは、1つは、日本の経済はこれで大丈夫なのか、と。その当時聞かされた意見では、アメリカでは6~7割は「日本の経済はこれでだめになる」、あとの2~3割が「日本は明治維新のとき、それから戦後の発展を考えると、また回復するのではないか」というのがあって、世界でも震災後の日本の経済についてはかなり悲観的な見方が多かったわけです。震災の後、出てきたことで非常に重要なのは、日本では自動車や家電等の部品産業が非常に発達している。いわば下請産業が非常に発達していて、今や日本の企業だけではなくて世界の有力な企業の下請企業になって、その基盤を支えている、ということです。そのような面では、下請企業が健全に発展してきているので、これに下請法は大きな影響を与えていると思います。今ここに集まっている方はほとんど大企業の方ですが、大企業が日本の経済をリードしているといいますか、その元になっていますが、企業数でいいますと、98%の企業が中小企業です。大企業は2%ぐらいです。ですから、大企業と中小企業が共存しているわけですけれども、それは競争している立場もあるけれども、ほとんどが直接・間接に下請関係といいますか、大企業の製品をつくる過程において、あるいは販売する過程において、中小企業と協力しているわけです。やはり大企業は経済力が強いですから、無制限にそれを効率的に発揮されたら、中小企業は非常に不安です。
この点が、独禁法上の位置づけというのは非常に難しいから、下請法に関する限り、みていきますと。それ自体、日本の経済に対して影響を与える。大企業が下請法の適用を受けて非常に困る面が多いと思いますが、長い目でみますと、大企業の基盤を強化しているといわなければならないです。
(以上、月例研究会にて会長挨拶より一部抜粋)
お忙しいところお集まりいただきましてありがとうございます。
このところの東京電力の値上げの問題が新聞等で報道されています。東京電力による値上げが独禁法違反になるのではないかと、どこかの企業が公取委に申告をしたようで、しばらく前ですけれども公取委は。それについての回答を出して、「私的独占」にはならないとしました。「私的独占」というのは、市場支配的な企業が、「他の事業者の事業活動を支配又は排除する」という要件が法律で規定されているので、値上げがこの要件に該当しないことは明らかですから、公取委はこの規定には違反にはしないという見解を出したことは、当然のことだと思います。しかし、公取委はそれに加えて、値上げが「優越した地位の濫用になる場合」には問題になる場合がありうる、ということを付け加えて言っています。私は、これはおかしいと思います。電力の販売については「私的独占」で規制していて、これが適用される規定であり、「優越した地位の濫用行為」の規制は基本的に購入面の規制です。大規模小売店や親事業者が納入業者や下請業者をいじめることを規制する濫用行為の規制規定です。国際的にも「購買力問題」(buying power)として規制議論があります。独禁法の「私的独占」は販売面を中心に規制を考えており、購入の問題というのは独禁法の普通の規定ではなかなか規制できないので、buying powerの問題として検討されています。日本の場合には、昭和28年に優越した地位の濫用規制という規定を「不公正な取引方法」として入れたわけです。主としてその当時の百貨店と問屋の関係や下請関係の問題でした。取引に際して当事者間に契約がなくて、納入業者は契約で保護されず、百貨店の言うとおりになっている。下請企業についてもそうだったわけで、前近代的な取引の問題です。このようなものについて、優越した地位の濫用の問題があったわけですが、販売の面についてこのような規制を言うというのは基本的におかしいのであって、問題があれば「私的独占」の問題です。そもそも電力料金については、電気事業法があって経済産業省が所管しているので、同省が電力料金自体を規制しているわけです。文句を言うほうも、そこに要望を言えばいいことなので、それを公取委に持ってくるというのもおかしい。
また、消費者は電力値上げ問題を消費者庁に持ち込んで消費者庁も電力料金問題を検討している。消費者庁は電力料金の規制問題について規制権限を持っていないのです。電力料金については電気事業法に規定があって、規制しているのは経済産業省です。ですから、消費者は電力料金の値上げについて意見があるなら、経産省に意見や要望をすべきです。本来であったら、電力料金値上げについて消費者や関係業者にいろいろ意見や要望があれば、経産省が公聴会を開くとかパブコメをして、消費者や消費者庁はその場で意見を言うのが法治国家の法律の建前であり、基本的なルールです。こういう基本的なルールが無視されているところに問題があり、長期的にみれば、規制の重複により規制が無責任になり、解決がかえって遅れると思います。消費者庁は、ある問題について消費者の立場から意見があるのだったら担当の規制官庁に意見を言えばいいことで、このような面でいうと、何か基本的な法制上の問題というのが非常に乱れていると思います。
そのような問題が最近かなり出てきていています。消費者庁も安全の問題について、今見てみますと、食品の安全、自動車の安全、航空機の安全、原子力や放射線の安全等についても消費者庁の関与のみならず規制権限や認可権をもっており、消費者に関連のある問題はすべて消費者庁が一元的に規制が必要だという風潮があります。広告では消費者庁認可の食品というのが出ています。このような問題については、政治家にも問題がありますしかし、安全問題はその対象商品ごとに異なっており、食品の安全と自動車の安全、原子力や放射線の安全というのはそれぞれ全く異なり、それぞれの専門機関でなければその安全の確保はできないはずです。米国にも消費者委員会がありますが、先日トヨタの自動車のブレーキの安全問題が大きな問題になった時に、その解決を担当したのは消費者委員会ではなくて、運輸省長官でした。安全について問題が生じたときに、それを正しく解決できるのはその商品の専門機関以外には規制能力はないわけです。安全問題はその商品の所管官庁が責任を持つべきで、消費者庁は所管官庁が十分にその機能を果たしていない疑いがある場合にそれを監視するとか、勧告するとか、二次的な役割の官庁にすべきです。まず、所管の専門機関が規制を行い、そこに何か問題があれば消費者庁が意見を言ったり、勧告をしたり、あるいは国会に意見を提出したり、場合によっては裁判所に提訴するなど二次的な規制をするのが本筋です。いずれにしても消費者庁は二次的な監視機構の問題です。米国をはじめ先進国では基本的にこのような状況になっています。日本ではポピュリズムが強く、消費者の目先の利益を追求する傾向があり、政治家にもその傾向があります。これでは基本的な消費者利益を確保することができないばかりでなく、関係する事業者や産業界も大きなマイナスを受け、問題は複雑になるだけです。消費者庁は自ら規制するのではなく、第一次の規制は専門機関に任せ、消費者庁は、そこに問題があれば担当専門機関に意見をしたり、勧告をしたり、国会に意見を言うとか、裁判で争うとか、監視的な面を担当すべきだと思います。このような基本的なところが今非常に混乱しており、これは消費者のためにもならないし、関係する企業のためにも複雑な問題を負わせることになるので、企業もこのような常識的な問題に対して明確な意見をいう必要があると思います。
最近の問題を2~3、お話ししておきます。日本では、価格カルテルに対してはアメリカやEUと同じです。今日のテーマの国際カルテルについてはどこも厳しいです。国際カルテルについては、各国の当局がかなり緊密に協力しているので、どこかの国でやると、要するにそれが日本でも取り締まられることになっています。日本では、今優越した地位の濫用の問題が非常に多くなってきているわけですが、これは私的独占などを含めて単独行為といわれています。単独行為と共同行為。カルテルなどは共同行為ですけれども、個々の企業がやるのは単独行為といわれますね。アメリカは、単独行為については非常に慎重です。といいますのは、企業の単独行為が競争の元になっているから、企業の単独行為をやたらに規制すると競争を抑圧することになるので、弊害がはっきりしている場合でないとだめだということです。裁判所も非常に厳しいです。マイクロソフトの問題なども、地裁でマイクロソフトの抱き合わせの問題について独禁法違反で企業分割となったわけですが、控訴審に行って、これは反競争的効果についての立証が不十分だからというので差し戻しになっているわけです。要するに、裁判所でも、競争が制限されるのか、競争が促進されるのかの区別を厳密にやりますから、非常に難しいです。ですから、優越した地位の濫用の問題は、アメリカは非常に慎重だということです。EUのほうが積極的ですが、一般的にいわれているのは、濫用行為というのは私的独占でやったらまず取り締まることはありません。購買力の内容です。ですから、日本でやっているのも、大規模小売店などが問屋さんに対して返品や買いたたきをするというようなこと。購買力の問題については、ヨーロッパを中心に各国でうるさいです。
ただ、日本では、これはわたし個人の意見になりますけれども、危険なのは優越的地位の濫用を非常に強調して、知的財産権の問題、ライセンス協定の問題や、フランチャイズ協定でも、本部あるいはラインセンサーが何かやると優越した地位の濫用だ、と。これをやると非常に混乱すると思います。日本で優越的地位の濫用を入れたのは、昭和28年の改正ですけれども、この時は百貨店の納入問屋に対する扱いが乱暴だと。百貨店と納入問屋というのは、江戸時代からあったから義理人情の世界で、だいたい契約なんてないわけです。要するに契約で内容を決めないで、売ってください、売ってあげましょう、と。今度は、これは売れなかったから返します、とか。その代わり、後で面倒みましょうね、というようなかたちです。百貨店の間の競争が激しくなると面倒をみないから、弊害が非常に出てきた。昭和28年はちょうどそういうときでした。それに対しては、契約もないからおかしいということで、濫用でやったわけです。ですから、下請法にしても、契約をしないさい、と。契約をしたときには値段がいくらかちゃんと決めなさい、と。決めた値段を買いたたいてはいけない、と。後で勝手に変えてはいけない、ということですね。当たり前のことをしている。ですから、外国の独禁法の学者が来て、それを聞いて、これは外国では裁判所でやることだ、と。なぜここではそんなところまで入ってくるのか、ということで怪訝な顔をしていたわけです。ですから、やはりどこの国でもそのような濫用がある。アメリカでも三越事件と同じようなメイシー事件というのがあって、返品などをやっていて、やったことがありますから、ないわけではないですが、あまりこれをやるのは危険ではないかという問題があります。本来独禁法というのは自由経済ですね。企業に自由に活動させることが重要なので、カルテルなどで競争者が協定して競争をやめるのがいかん、というので、それが単独行為にも来ているわけですけれども、アメリカの場合非常に慎重です。
もう1つの問題は、合併の規制などは今アメリカでは厳しい。オバマ政権は独禁法強化ということを言って、合併の事件は非常に少なくてほとんどしていなかったのが、この数年間、毎年倍増です。ただ、事例は全国的なものは非常に少ない。地方的な病院の、合併して独占になるとか、私的独占についても同じように地方的な事件。今大企業の分野というのは、グローバル化して競争が激しいわけです。そこで、あまり合併の問題が出てくることはない。ただ、アメリカではそのようなかたちで、地方的な合併ということです。日本では、合併は、90年代は非常に厳しくて25パーセントを超えるとだいたいイチャモンをつけられたのですが、今は年に2件ぐらいです。ですから、非常に緩やかになっています。ただ、合併の審査のときに経済的な分析が多くなって難しいということで、審査も非常に慎重で、審査で困る。資料要求が非常に強い。これは最近アメリカのですけれども、中国の合併についても、規制される例は少ないですけれども、審査が非常に大変だというわけです。似たような問題が出てきたのではないかと思います。
最近の問題につきまして、日本と外国、特にアメリカと比較して、どのような点が似ているか、どのような点が違うかということだけお話ししました。
皆様、あけましておめでとうございます。
現在、独禁法を持っている国は、世界で約100ヵ国以上あり、ICN(International Competition Network)が、毎年大会を開催しています。2~3年前には、日本(京都)でも開催されました。
独禁法が最も整備されているのが、アメリカとEUであり、ヨーロッパは戦後、独禁法が発達したのはドイツです。戦前は、ドイツはカルテルの母国と言われており、これは一面的な見方であって、専門家の間では、ナチスはカルテルの友、自由主義者はカルテルの敵と言われています。リベラリストが中心となった新自由主義の中で独禁法は制定されました。そういうこともあって、独禁法についてはドイツが熱心で、EUの競争当局の担当者は、ドイツ人が多いのです。
ヨーロッパの独禁法は、各国ありますが、やはりEUの独禁法が一番整備されています。アメリカは、シャーマン法で、競争制限協定・独占行為・モノクライゼーションの禁止で、判例で決まってきます。EUも共通のところがあり、条約の101条が競争制限協定を規制していて、102条が市場支配的事業者の独占行為を規制しています。EUは判例法で、市場経済の変化に応じて、裁判所が具体的な事例をもとに判断するというルールです。1980年頃を境に実体的な事項に則したやり方に変わってきています。判例法は、現実に即して柔軟にやっています。その点は、アメリカもEUも共通しているところです。EUの公用語は英語なので、アメリカの判例がそのまま使われています。EUの企業同士だけでなく、アメリカの企業の争いもEUで扱うこともあり、情報が密接に交換されていますので、EUの独禁法は尊重した方がいいと思います。本当に参考になる独禁法は、アメリカとEUです。それに比べると日本の独禁法は非常に落ちます。実際、日本の公取委が取り上げる事件の90%超が同業者からの申告です。現在は、市場の利害関係が複雑なので、執行力強化ばかりでなく、市場の実態を見て、公正にかつ客観的に判断してルールを作ることが大切です。私は、アメリカの司法局のホームページを参考にしています。
そういうことで、独禁法を勉強するときには、何が重要かをよく見ないといけないと思います。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
今日の日経新聞に、EUの裁判所が充電器の判決について、「日本の企業の行政制裁金を無効とした」という記事が掲載されていました。EUの裁判所は、最近、行政制裁金を減額していて、行政措置に対しかなりブレーキをかけています。今回の判決は、充電器のカルテルについて、カルテルがなかったというのではなくて、行政制裁金の基準が、日本の古い統計に基づいているため、ヨーロッパの企業と日本の企業とが差別されることになり、差別されたことを理由として制裁金は無効になりました。EUの裁判所は、手続問題について厳格で、手続違反を理由に制裁金が無効とされています。
それとはまた別に、産業界ではEU委員会の行政処分の前の事前手続が不十分だということで前から強い不満が出ていて、EU委員会がそれを検討しています。EUの場合、アメリカのFTCの事前手続がモデルとされ、それに比べて手続が公正でないという不満を産業界が持っています。
それから、今日の一つの情報ですけれども、アメリカではオバマ大統領が行政機関一般の手続について見直す命令を出したということが報じられていました。行政機関の手続問題というのは、現在重要になってきています。
アメリカでも裁判所では、例えば3年前のランバス事件判決などでは、立証について非常に厳格です。市場に対する悪影響があったかどうかについての立証ができないということで、ランバス判決ではFTCがした違反事実の認定が証拠不十分ということで、取り消しました。違反事実の立証が非常に難しくなっています。
日本でも、あまり新聞には出ていませんが、6月に岩手県の談合の問題について、東京高裁が証拠不十分ということで、公正取引委員会の命令を取り消しています。こういう問題がだんだん出てきている時に、公正取引委員会から審判を廃止するという改正案が出ていますが、この改正案は審判手続の廃止を内容とし、手続問題については慎重にやるということの反対の法案で、世界の流れに逆行していると思います。
EUの独禁法について述べさせていただきます。
今の独禁法では、アメリカとEUが圧倒的に強いです。世界で100ヵ国以上が、独禁法を持っていますが、整備されているのがアメリカとEUのみです。EUというとヨーロッパという感じなのですが、この10~20年くらい、EUで取り上げられる事件は、アメリカの企業同士の問題が非常に多いです。例えば、インテルやマイクロソフトなどです。
今、経済はグローバル化していますから、アメリカや日本の企業でもEUで販売しているとEUの独禁法の適用になります。もう一つ重要なのが、EUの公用語は何ヵ国語もあって、翻訳の費用がべらぼうに高いのです。予算の中の相当分が翻訳の費用になっています。その中で記録は他の公用語に訳されますが、実際は英語でやる場合が多いです。1コミッションでも、裁判所でも英語が使われることが多いです。弁護士も外国弁護士はEUでやります。結局、アメリカの判例が使われることが多いです。アメリカの企業同士が、司法省で取り上げてもらえなければ、EUに持ち込んでやるわけです。マイクロソフトの件もそうです。競争者が司法省でうまくいかずにEUのコミッションに持って行って、EUの管轄であるので、取り上げてもらって裁判になりました。アメリカは100年以上に渡っての判例がたくさんあるので、アメリカの判例が使われるのですが、EUの判例が使われる時も、論理などは違っていますが、だんだん調整されて似てきます。EUの独禁法がヨーロッパの独禁法だと思ったら間違いで、アメリカの独禁法と非常に密接になっています。お互いに刺激し合っていて、アメリカの独禁法も成り立っています。
ですから、独禁法は、圧倒的にこの二つの独禁法が優れていて、アメリカとEU以外は非常に遅れています。日本の独禁法は実体法も手続きももっと調整しないといけないと思います。そうしないと日本の独禁法の将来はないですね。
明けましておめでとうございます。
今年の春、通常国会に公取委のほうから審判手続を廃止する法案が出ているのですが、前国会では提案理由の説明だけで、審議に入れなくて、継続審議になり、今度の臨時国会に継続審議のまま出ているわけですが、わたしの聞いているところでは今度の臨時国会では通るのが無理だという状況のようでございます。非常に重要なのですけれども、手続の問題ですからゆっくり審議したほうがわたしはいいと思います。公取委の審判がなくなると、公取委は普通の行政官庁と同じようにどんどん処分をするということになります。わたしが見てみますと、現在でも事前に審判手続がなくなり、事後になって、事実の認定とについて、あまり相手の主張を考えないでやっているというような感じを持っています。これが事後審判もなくなってしまうともっとこの面がおろそかになるのではないかとおそれています。……今、事後審判が非常に増えています。事前審判が、審判が多くて困るというので、課徴金の納付時期を延ばすためにやっているのではないかというので事後にしたのですが、事後にしたら審判が増えてきました。審判手続の問題は、かなり重要な問題なのですけれども、いずれにしても今度の国会はどうも無理なようでございます。
また、一般にあまり知られていないのですけれども、独禁法上非常に重要な判決がアメリカで出ていまして、2007年の電気通信関係のトンブリ判決です。アメリカでは損害賠償など民事手続における、共謀の問題で米国の民事手続では、カルテル関係の問題です。本案審議に入る前に請求について却下できる手続があるのですが、これについて以前の最高裁の判例で1957年のコンレイ判決というのがあり、その時には却下するのは慎重に検討するというものでした。2007年のトンブリ判決は、それを大幅に変えまして、むしろ共謀の事実についての証拠があると十分に考えられなければそれは却下して構わないという判決が出まして、非常に画期的な判決です。正確にいいますと、「関係者間で合意が行われたことを示す真実と見られる十分に具体的な事実が述べられる必要があり、それにより一見して説得的(すぐ分かるということですね)な申立でなければ陪審の審議に入る前に却下して構わない」という判決です。カルテルに対する罰金や損害賠償額が高額になったために、カルテル問題の事件が増えてきました。その場合カルテル、すなわち共同行為ということを安易に訴える傾向がでてきたのです。しかし、共同行為に対するのは単独行為ですが、単独行為というのが競争の元になっているわけです。アメリカは独禁法というのが営業の自由を保護するため、単独行為を保護するために共同行為の共謀を立証するときには十分な証拠がなければそれはやってはいけないということを確認した判決になっております。日本では「合意」ではなくて、「共同の認識」などでやっています。この判決で述べられているのは、競争者間に共通のパーセプションがあってもそれが合意ではないから、合意をはっきり認定しなければ駄目だとしています。アメリカの独禁法にとって重要なのは競争であり、競争というのは個別企業の活動からでてくるので、単独の行為でやっていることについて安易に、共謀だと言って規制してはいけないというわけです。今、非常に制裁金も多くなっていますから、三倍額の損害賠償というのも相当多くなって、どんどん訴訟はが増えています。ですから、この間の濫用を防ぐという意味もあるのですが、そのような判決が出ています。
その判決に基づいて、本来独禁法の共謀の問題なので、いわゆる9.11のテロのときのパキスタンのテロリストを起訴したときに、テロリストのほうが法務長官とFBIの長官が共謀してモスレムで差別をしたということを言いました。その事件にもトンブリ判決の原則を適用しました。このような差別の問題についての共謀、共謀というのは独禁法だけではなくて、アメリカでは普通構わないことでも共謀でやると問題になるということが随分あります。イクバルというのはテロリストの名前ですけれども、イクバル判決で共謀の請求を却下して、これは独禁法だけではなくて民事法を含めた原則だということになっています。これも非常に大きな反響を呼んでいます。
日本では手続の問題はあまり議論されませんが、アメリカでは手続問題が重視されて議論されています。今日の問題とも少し関係があるかと思いますのでご紹介いたしました。
あけましておめでとうございます。
米国EUでは、以上の様な制裁の厳格化に伴って適正手続の保障(due process of law)の原則により、審査審判手続の適正化を強化して、相手方の防御権の保護を強めているEUは、50年振りに審査審判手続の抜本的な見直しを行い、2003年の理事会規則及び2004年の委員会規則を制定している。
我が国の場合には、2005年の独占禁止法の改正では課徴金の大幅に引き上げたが、同時に執行力強化の観点から勧告手続と事前審判手続を廃止し、事後審判制度に導入し、この点では適正手続の保障の原則を考慮せず、先進国の流れと反対の対策を採っている。
この問題に関して、上記改正法に基づいて設立された内閣府の独占基本問題懇談会(座長・塩野宏教授)は2007年6月に報告書を公表し将来の問題として事後審判制度を事前審判制度に変更するよう提案している。
独占禁止法の適正な運用のためには、課徴金の強化拡大と審査審判手続の適正化の問題は表裏一体の問題であり、速やかにこの手続の適正化問題に対処する必要がある。この点は、独占禁止法の国際的ハーモナイゼーションの見地からも重要である。
私は、今回の独占禁止法改正の中で、審判手続廃止の問題を聞いたときはびっくりしました。一昨年からこの問題は出ていましたが、それが現実化するということで非常に驚きました。これには、公正取引委員会の審査審判手続に対する非常に強い企業の不信感というものがあります。それがあって審判の廃止ということが出て来ているわけです。これは、公正取引委員会としては、審判の廃止という形式の問題ではなく、適用を受ける方に不信感があるということを十分知っておかなければいけないと思います。アメリカの場合、あれほど厳しいことをしても、産業界は独禁政策に対して、また、司法省やFTCに対して、信頼が強い。そういう面から言いますとこの問題は非常に重要な問題であり、慎重に考えるべき問題だと思います。私が公正取引委員会に入った頃の独占禁止法とは経済民主化政策ということであり、その内容は二つあり、一つは、 実体規定として、統制経済に対して市場経済を起こすということで、これは現在でも理解されています。もう一つは、手続規定として、処分する前に事前手続として民主的な手続があるということで、この二つから経済民主化政策と言われました。私は、これは非常に重要なことだと思っています。
(最近の公取同友会での伊従会長挨拶より抜粋)
お忙しいところ月例研究会にご出席いただきまして、ありがとうございます。新聞報道等で会員の皆様ご存知だと思いますが、独禁法の改正案が衆議院・参議院を通って成立しました。
主な改正点の1つは課徴金を強化していることです。カルテルの首謀者に対しては5割増ということで、10%の5割増、15%まで課徴金をかけるということが1つの目玉になっています。今回5割増にしたために、従来課徴金というのは不当利得の剥奪でした。
1. 排除措置命令・課徴金納付命令前の事前聴聞手続
(1) 問題の所在
2005年改正独占禁止法は、執行力強化の観点から、違反行為に対して迅速に措置が採れるように、事前審判手続を廃止し、新しい排除措置命令制度及び課徴金納付命令制度を創設した。この制度にあっては、公正取引委員会は排除措置命令をしようとするときに名宛人に、あらかじめ、意見を述べ、及び証拠を提出する機会を付与することとしている( 49 条 3 項)。
今日は田村先生に「企業結合」の問題についてガイドラインを中心にお話頂きます。今はあまり新聞では取り上げられていませんが、 2005 年の改正ガイドラインを見直す問題が出ております。今年(平成 19 年) 6 月に、内閣府懇談会が 2 年間の検討の後に問題点を整理した報告書を出しております。今日の講演とも関係があると思いますが、この前の改正で、事前審判を廃止しています。
1.事前聴聞手続の導入
公取委の排除措置は営業の一部譲渡など構造的措置を含み、課徴金は数十億円に及ぶ場合もあり、また事実認定が重要であるので、公取委の一方的な判断で処分するのではなく、事前聴聞手続が必要不可欠である。 事前聴聞手続では、米国及びEUのように、手続の冒頭において審査官手持ち資料の完全開示(閲覧謄写)が必要である。 また、処分前に関係官庁との意見調整の機会を置く必要である(旧法60条・61条)。 改正前の事前審判手続は基本的に事前聴聞手続であった。
1. 事前聴聞手続の導入
(1)重大な行政処分(排除措置命令及び課徴金納付命令)をする場合に、被処分者の手続上の権利保護(防御権)を行政処分の前に図る必要があるが、現行の事前意見提出制度(49条5項)は防御権として不十分であり、これを事前聴聞手続に変更する必要がある。
最近、外国の法律事務所が日本にきて、独禁法の問題についても講演会を開くことが多くなってきています。2月にはイギリスの一番大きな法律事務所で、昨年の6月まで公取委の事務総長をしていた上杉さんが顧問として入っておられるフレッシュ・フィールズががヨーロッパを中心に独禁法の講演会を開いています。アメリカにはビンガム・マカッツェ・ムラセという法律事務所があり、戦後日本の企業が対米進出するときに世話になり、大使館や領事館もそこを使ってきており、ムラセという二世の方がいらして、日本の学校も出て日本語も達者な方がいらっしゃるのですが、3月に経団連で法令遵守の問題の対策について話をされ、また別の弁護士の研究会でもアメリカの最近の独禁法のことについてお話なされています。
独禁法関係の最近の話題について少しお話します。
ご存知の通り、新聞記事にも出ましたが、公取委は1月31日付で合併のガイドラインの見直しといいますか、一部修正という形で改正案を発表し、意見募集をしております。昔は日本にはあまり合併問題というのはなかったのですが、最近は非常に多くなって、企業経営の一つのやり方として使われており、そのときに独禁法の問題が出てきます。今度のガイドラインで規制はかなり柔軟になってきておりますが、それでもやはりボーダーラインの問題をどうしたらいいかということで、企業活動とは関係があると思いますので、案をよくみて意見があれば弁護士とも相談して意見を言った方がいいと思います。
本日(12月13日)の新聞に液晶の国際カルテルについて、アメリカ、EU、日本、韓国の4カ国で共同して調査をしているという記事がありました。これは新しいやり方です。90年代の半ばから今までに約30件の国際カルテルが取り上げられていますが、国際カルテルは規模が大きいということもあって、ロッシュなどのケースではアメリカでもEUでも500億円の制裁金を課せられています。最近の独禁法の運用では非常に大きな特徴になっていました。それらの国際カルテルにはほとんど日本企業も入っていたのですが、日本では国際カルテルの事件は1件も摘発していません。そういう面でいいますと、公取委がそういうものに参加するというのは非常に新しいやり方といえるかと思います。
本日(12月13日)の新聞に液晶の国際カルテルについて、アメリカ、EU、日本、韓国の4カ国で共同して調査をしているという記事がありました。これは新しいやり方です。90年代の半ばから今までに約30件の国際カルテルが取り上げられていますが、国際カルテルは規模が大きいということもあって、ロッシュなどのケースではアメリカでもEUでも500億円の制裁金を課せられています。最近の独禁法の運用では非常に大きな特徴になっていました。それらの国際カルテルにはほとんど日本企業も入っていたのですが、日本では国際カルテルの事件は1件も摘発していません。そういう面でいいますと、公取委がそういうものに参加するというのは非常に新しいやり方といえるかと思います。
今日は松下先生に「日本企業の日本における米国企業提訴を禁止する米国判決」という標題でお話をいただきます。90年代は世界経済全体に大きな変動があり、冷戦終結後、東側が市場経済を採用いたしました。また、IT技術を中心にした技術革新も非常に進みました。運輸・通信の料金低下に伴って、グローバル化がどんどん進んでいきました。独禁法についても非常に大きな影響を受けていて、従来とは変わってきているわけですが、今日はその一端を松下先生からお話いただきます。
新聞等で随分長い間騒がれました道路公団の談合事件についてですが、これは恐らく談合事件としては、今までで最大の事件だと思います。公正取引委員会が45社に対して排除措置をとるということと、公団の関係者、つまり発注者側の方にも、警告などをするという措置が発表されております。これからまだ事件は続くわけですが、私がこれらの事件を見ておりまして、どこかおかしいのではないかという気がいたします。
独禁法についての環境は、やや長い目で見た場合に、最近変わってきていると思います。一つは国内でいいますと、90年代以来、規制緩和が進められて、いわゆる規制産業、電力、電気通信事業、運輸、金融といった面に対して政府の直接規制が緩和されて、競争法が適用されるということになり、競争法の国内での適用分野が広くなると同時に、実際に航空の問題についても電力の問題についても、独禁法を適用される事例というものが出てきております。
独禁法の独占・寡占規制における不可欠施設の問題の今後の見通しということですが、この問題は一昨年の平成15年10月の独禁法研究会報告書、これは改正のための報告書だったのですが、そこで出てきました。この中で、独占・寡占対策を今までの考え方とは別に、政府規制が緩和されたということを前提に、大企業、ことに規制産業における大企業を中心にというか、含めて、不可欠施設の問題を中心に独占・寡占対策を考えるという前提で、不可欠施設の問題を出しました。
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