研究講座とイベント

  • 2022/03/31
  • コラム
  •  

 

会長 栗田誠のコラム更新「企業結合案件に対する事件審査の可能性」

一覧を見る RSSフィードの購読はこちら

 

1 競争法研究協会の活動の最後の日に,最後の会長コラムをお届けする。コラムでは独占禁止法の審査手続をはじめとするエンフォースメント態勢に関することを度々取り上げてきたが,最終回も企業結合審査の手続や態勢を巡るものである。

2 企業結合審査は,公正取引委員会事務総局の経済取引局企業結合課が担当しているが,正式に排除措置命令を行うとする場合には,独占禁止法8章2節に定められた事件審査手続により行う必要がある(独禁17条の2)。事件審査を行うに当たっては,審査局長が委員会に報告し,必要に応じて審査局職員を審査官に指定し,独占禁止法47条1項に定められた権限を用いるなどして審査を行い,意見聴取手続を経て排除措置命令を行うこととなる。確約手続を用いる場合も同様である。実際には,企業結合課職員を審査局併任とする方法が用いられるものと想定された。「企業結合審査の手続に関する対応方針」には具体的に記載されていないが,こうした手続が必要になると考えられてきた。企業結合案件で正式に事件審査が行われた数少ない事例の一つが八幡製鉄・富士製鉄合併(新日鉄)事件(同意審決昭和44・10・30審決集16巻46頁)であるが,上記のような手続が採られている(注1)。また,私自身,実務家向け解説書において,そのように説明してきた(注2)。

(注1)毎日新聞社経済部編『新日鉄誕生す 独禁政策と巨大企業合併の記録』(毎日新聞社・1969年)116頁,公正取引委員会事務局編『独占禁止政策三十年史』(1977年)197頁参照。
(注2)村上政博ほか編『独占禁止法の手続と実務』(中央経済社・2015年)382頁[栗田誠執筆]参照。

3 しかし,ちょうど1年前の令和3年3月31日に関係法令の改正が行われ(同年4月1日施行),企業結合課において企業結合案件に対する事件審査を行うことができるようになっていることをつい最近知った。政令や委員会規則の改正を伴っており,当然,官報による公布が行われているのであるから,不明を恥じるほかないが,公正取引委員会は積極的にこの改正を公表していないようである。なお,令和2年度公正取引委員会年次報告には,公正取引委員会事務総局組織令及び審査官の指定に関する政令の改正に関するごく簡単な記述がある(30頁)。
具体的な改正事項は,次のような点である(地方事務所の所掌に係る改正は省略)。

 ①公正取引委員会事務局組織令(政令)の改正:経済取引局の所掌事務(3条)や企業結合課の所掌事務(14条)に,「独占禁止法第4章の規定に係る」事件の審査,排除措置計画の認定,排除措置命令,告発・緊急停止命令の申立て,合併等の無効の訴え及び排除措置計画の認定後・排除措置命令の執行後の監査に関することを加える。
②審査官指定政令の改正:審査官指定の対象となる職員を審査局(犯則審査部を除く。)又は地方事務所の職員に限っていた点を改め,官房審議官及び企業結合課の職員を加える。
③審査規則の改正:審査手続の開始について,「審査局長は,事件の端緒となる事実に接したときは,審査の要否につき意見を付して委員会に報告しなければならない。」(7条1項)とする規定の主語を「経済取引局長又は審査局長」に改める。審査結果の報告に関する23条についても同様である。
 要するに,企業結合事案については,全て企業結合課において完結的に担当し,処理できるようにするという改正である。

4 この改正は何のために行われたのであろうか。次のような相反する見方が可能である。
  この改正をポジティブに捉えるならば,公正取引委員会としては,企業結合案件を必要に応じて正式に事件審査として取り扱い,例えば,追加の情報提供を「報告命令」により求めたり,確約手続により排除措置計画を認定し,あるいは排除措置命令によって排除措置を命じたりすることがあることを明確にするとともに,その都度,審査局に移管したり,職員に併任の発令をしたりするといった事務手続なしに,企業結合課において機動的に正式に事件として処理することを可能にするための改正である。
  また,この改正をシニカルにみれば,公正取引委員会の企業結合審査が独占禁止法の定める審査手続によらないで非公式に処理されており,そもそも企業結合課では追加の情報提供を求める権限を有しておらず,第2次審査においても「報告等の要請」をしているにすぎず,実効性を欠いているという批判に対応して,企業結合課で事件審査ができるという「形を整える」ための改正である。
  公正取引委員会がこの改正を積極的に公表していないこと,施行後1年が経過しようとするが,事件審査として処理された案件があるようにはみえないこと(注3)を考えると,後者の「形を整える」ための改正であって,公正取引委員会としては企業結合案件を審査事件として取り扱うようなことはそもそも想定していない,とみるのが妥当であろう。

  (注3)公正取引委員会内部の事務処理として,例えば,第1次審査で問題解消措置が提示された案件や第2次審査に移行した案件については,自動的に「事件の審査」として扱っている(ただし,報告命令等の権限を行使したり,確約手続や意見聴取手続を採ったりする必要はないと判断している)可能性はある。

5 公正取引委員会の企業結合審査の現行実務は,当事会社にとっては居心地の良いものであると想像される。実務家からは,企業結合審査手続や実務に対する不満や異論はほとんど聞かれなくなっているように思われる(注4)。また,研究者は,企業結合規制の実体面には興味があっても,手続や審査態勢については関心が湧きにくいようである(注5)。私は,企業結合審査制度には実効性を欠く面があり,その改善が急務であることを主張してきているが(注6),今回の改正がそのための第一歩となるものかどうか,確信が持てないでいる。

(注4)日本経済団体連合会経済法規委員会競争法部会が2022年3月31日に「デジタル化と グローバル化を踏まえた競争法のあり方-中間論点整理-」と題する報告書を公表し,企業結合規制についても,審査体制の強化,審査手続・調査方法の透明性の向上,事例公表のあり方に関して問題を提起しているが,要するに,問題ないという結論を早く出してほしいという要望に尽きるようである。

(注5)ただし,次のような問題指摘論文もあることを付言する。
田平恵「企業結合規制における審査と手続のあり方」日本経済法学会編『独占禁止法のエンフォースメント―新たな課題に対して』日本経済法学会年報41号(2020年)50-63頁参照)。
Vande Walle, Simon「デジタルプラットフォーム事件における問題解消措置と確約措置の実効性」日本経済法学会編『デジタルプラットフォームと独禁法』(2021年)77-97頁。
 
  (注6)前掲注2,村上ほか編『独占禁止法の手続と実務』376-384頁。

 

 

ページトップへ戻る