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  • 2022/03/28
  • コラム
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会長 栗田 誠のコラム更新「最後の月例研究会の冒頭挨拶」

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1 今回の月例研究会では,村上政博先生に「今後の法改正課題―行政制裁金制度の創設と不公正な取引方法の再構築」と題してご講演をいただきます。独占禁止法の実体面とエンフォースメントに関わる重要課題について,一貫した立場から研究を深め,積極的に提言してこられた村上先生ならではのテーマであり,競争法研究協会最後の月例研究会に相応しいものと考えています。ご講演の内容については,後ほどコメントさせていただきますので,冒頭のご挨拶としては別のことをいくつか申し上げたいと思います。

2 まず,2022年に入ってからの独占禁止法の執行についてですが,2月末から3月初めにかけて2件の入札談合の法適用事件が公表されました。特に,日本年金機構発注データプリントサービスに係る入札談合事件については,発注側の日本年金機構に対して改善要請がなされています。今から30年近く前に,日本年金機構の前身に当たる社会保険庁の発注に係るシール談合事件の刑事告発に関わった者としては,印刷業界は何も変わっていないのか,発注側も組織は変わっても体質は変わっていないのか,という感想を抱いてしまいました。
  既に刑事事件が確定している地域医療機能推進機構発注医薬品談合事件も行政処分も近く出るのではないかと予想されますが,年金とか医療といった国民生活に密接に関わる分野における入札談合が相次いでいることには懸念を持たざるを得ません。
  かつて入札談合といえば建設業ばかりでしたが,近年はサービスや物品調達関係が目立ちますし,また,先般,情報システム調達の実態調査報告書が公表され,種々の問題点が指摘されています。しかし,建設談合の摘発がなくなっていることが公共調達における建設工事の発注が競争的に行われていることを直ちに意味するものではありません。談合という明示・黙示の協調行動を伴うことなく,(独占禁止法違反ではないが)非競争的な調達が行われている可能性もあり,入札制度やその運用の不断の見直しが必要です。

3 2021年度(令和3年度)も残りわずかですので,1年の動きについても簡単に振り返っておきたいと思います。年度末に重要な発表が相次いで行われることがありますので,その留保付きです。
  まず,法適用事件としては,先ほど触れた2件の入札談合事件に限られます。また,2020年度には6件あった確約計画認定事件もずっとありませんでしたが,一昨日,Booking.com事件について公表されましたし,他にも確約認定申請中の事案が報道されています。これらのほか,単独行為に係る自発的改善による審査終了事件が3件あり,アップル(リーダーアプリ)事件,楽天(送料込みライン)事件といった大きな注目を集めた事案が含まれています。
  また,実態調査としては,携帯電話市場,IPOにおける価格形成プロセス,情報システム調達に関する実態調査結果が公表されたほか,クレジットカード,クラウドサービス,ソフトウェア制作,モバイルOS等のデジタル分野関連の実態調査が進められています。
  法適用事件をはじめとする違反事件ばかりに注目することが適切であるとはいえませんが,法執行機関としての公正取引委員会の存在意義にも関わることであり,年度内の残された期間に新たな法的措置事件の発表があることを期待したいと思います。

4 手続面の問題についても簡単に触れてみたいと思います。国際的には競争法の執行における適正手続と透明性の確保が重要な課題となっていますが,公正取引委員会は手続問題に関する国際的議論を国内向けに適切に紹介しているようにはみえません。例えば,公正取引委員会は,OECDやICNの活動を積極的に紹介し,大きな貢献をしていることを強調しています。しかし,そこでは,専ら競争法の実体問題や競争唱導に関することが扱われており,手続問題を紹介することはほとんどありません。公正取引委員会は,ICNが2020年に採択したCAP(競争当局の手続)フレームワークや,OECDが2021年10月に採択した「競争法執行における透明性と手続的公正に関する理事会勧告」を一切紹介していません。
  こうした国際的な手続問題への公正取引委員会の消極姿勢には,次のような背景があるのではないかと考えています。一つは,独占禁止法の執行手続やその運用には国際的視点からみて問題があり得ることを公正取引委員会が意識して,国内で議論が高まることを警戒している可能性です。もう一つは,公正取引委員会が法執行・法適用という手法を重視しなくなってきていることの反映ではないかということです。
  こうした見方や評価がどこまで正鵠を射ているかは別にして,公正取引委員会の独占禁止法運用の大きな考慮要因が司法審査のリスク回避にあることは否定できないと思われます。「絶対に負けない」ような事案しか,違反認定(排除措置命令)の選択はなされないのが現状であると見受けられます。これでは,独占禁止法のルール形成は進化せず,公正取引委員会の曖昧な行政的介入の根拠にはなっても,経済取引の基本ルールとしての機能を果たすことはできません。

5 国際的な動きを1つ簡単に紹介します。今月初めのABA(米国法曹協会)のあるセミナーで,米国司法省のRichard Powers反トラスト局次長(Deputy Assistant Attorney General in charge of criminal enforcement)が質問に答える形で,シャーマン法2条違反(独占行為)の有責者に対する刑事訴追の可能性を認めたことが大きな衝撃をもって受け止められています。シャーマン法2条違反の刑事訴追は過去50年行われたことがなく,特にレーガン政権以降の司法省反トラスト局は刑事訴追の対象をハードコア・カルテルに限定する方針を維持してきました。司法省は,2016年10月に,従来民事提訴されてきていた雇用に関わる競争制限協定を刑事訴追することがある旨表明し,これも大きな方針転換でしたが,シャーマン法2条違反に対する刑事訴追が実行されるとすれば,比較にならないくらいの大転換になります。そして,司法省は,2016年の方針転換の際には連邦取引委員会と連名のガイドライン(Antitrust Guidance for Human Resources Professionals)を公表しましたが,今回は公式には何も発表されていません。Powers次長の発言が,単に法制上刑事訴追が可能であることを指摘したにすぎないのか,本気で刑事訴追を目指しているのか,企業にとっては不確実性が増しています。

6 最後になりますが,村上先生が編集代表として編纂されました『条解 独占禁止法〔第2版〕』(弘文堂・2022年)が先月刊行されました。2014年末に出た初版に比べ200頁も増え,益々充実した内容になりました。同じ逐条解説でもタイプが異なる白石忠志・多田敏明編著『論点体系 独占禁止法〔第2版〕』(第一法規・2021年)と使い分けると有益ではないかと思います。
  また,金井貴嗣先生古稀記念の『現代経済法の課題と理論』(弘文堂・2022年)が1月末に出版されており,基礎理論,実体面(行為類型)からエンフォースメントまで,現下の独占禁止法を巡る主要な課題が幅広く取り上げられています。
  こうした研究や分析が可能になるのも,公正取引委員会が違反事件として取り上げ,あるいは被害者が訴訟を提起するという営みがあってこそであり,現状では研究の先細り(研究の素材自体がなくなってしまうこと)も懸念されます。理論と実務を架橋し,理論と実務が相乗的に発展することが求められる中で,公正取引委員会の審査活動の一層の奮起を期待したいと思います。

 

 

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