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  • 2021/10/26
  • コラム
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会長コラム更新『公正取引委員会の「実態調査」手法と「市場調査」の制度化(2021.10.25)』

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競争法研究協会会長 栗田 誠
  1 本年9月2日に,アップル・インクに対する独占禁止法違反被疑事件の処理結果が公表されました。事件の内容については,「会長コラム アップル(リーダーアプリ)事件」(2021年9月6日)をご参照ください。
 アップル事件は,同社の自発的改善措置により審査を終了するという処理結果であり,違反の認定や確約計画認定には至っていないのですが,曲がりなりにも違反事件審査という法執行手続により処理された事案です。しかし,2021年度に入ってからの違反事件の審査結果の公表はこのアップル事件の1件だけですし,新たな立入検査の報道もほとんど見られません(電力・ガスの顧客争奪の制限を巡る事件の立入検査が報道されている程度です)。このままでは,公取委の違反事件審査は先細りです。
 近時の公取委は,従来に増して,実態調査とそれに基づく問題指摘・改善指導という手法を多用していると思われます。このところの実態調査を巡る新たな動きとして,次のようなものがあります。
 
  ①クラウドサービスに関する取引実態調査の開始(4月14日事務総長定例会見)
  ②国及び地方公共団体による情報システム調達に関する実態調査(6月5日朝日)  ・「情報システム調達に関する意見交換会」の開催(9月1日公表)
  ③新規株式公開(IPO)に際しての価格形成に関する実態調査(8月12日日経)  ・成長戦略実行計画(令和3・6・18)において,「IPO時の公開価格設定プロセスの在り方について,実態把握を行い,見直しを図る。」と明記されている。
 ④モバイルOS等に関する実態調査の開始(10月6日事務総長定例会見) ・「デジタル市場競争会議」で議論されてきたものであり,同会議が主体となって調査すると報道されていた(6月13日,7月1日日経)。なお,成長戦略実行計画(令和3・6・18)においても,「スマートフォンなどのオペレーティングシステム(OS)を供給するプラットフォーム事業者が,デジタル市場における競争環境に与える影響について,欧米の動向も注視しつつ,競争評価を行う。」とされている 。
 ⑤ソフトウェア制作業等における取引適正化に関する実態調査の開始(10月20日事務総長定例会見)
 
   また,10月13日の事務総長定例会見では,「携帯電話市場における競争政策上の課題について(令和3年度調査)」(令和3・6・11公表)に基づき,端末購入サポートプログラム及び販売代理店との取引に関する点検及び改善とその結果の報告を公取委がMNO3社に要請していたことについて,3社から点検結果及び改善内容の報告があったことが明らかにされており,大きく報道されました。
 ほかにも,コンビニ本部と加盟店との実態調査に基づく問題指摘(令和2・9・2公表)を踏まえてコンビニ本部と加盟店との取引の改善が漸次進められており,また,フィンテックを利用した金融サービスに関する報告書(令和2・4・21公表)で指摘された銀行間送金手数料の高止まりについて引下げの動きが出ているなど,迅速な改善につながっており,こうした公取委の活動は一般的には高く評価されていると思います。現在実施中の実態調査についても,いずれ結果が公表され,何らかの改善の動きへとつながるものと期待されます。
 
 2 このように,近時の公取委の活動は,実態調査ばかりが目立ち,違反事件審査は見る影もありません(排除措置命令は昨年12月のJR東海発注中央新幹線駅舎工事受注調整事件が最後です)。こうした状況をどのように評価したらよいのでしょうか。
   10月の月例研究会において,厚谷襄児先生は,審判手続の廃止によって公取委は「準司法的機関」から「合議制行政機関」に変質したと評価されました。抽象的な独占禁止法の規定を個別の違反事件審査を通じて詳細な事実認定と厳密な法適用によって具体的なルール形成を進めていくのが公取委の大きな役割であると考えるならば,実態調査に基づく改善指導が,いわば「安上がりに」一定の成果を上げているからといって,手放しには評価できません。
 
   特に,近時の実態調査に基づく問題指摘が「独占禁止法上の問題」を具体的に指摘するものが多く,本来,違反事件審査として行われるべきものではないかという疑問を拭えません。また,公取委の実態調査では,独占禁止法40条の調査権限を用いるとそれが話題になるくらい,関係者の任意の協力を得て行われています。情報収集の方法として,それで十分であるかはケースバイケースであると思いますが,実効的な情報収集に基づく厳密な事実認定とそれに関する合理的な経済分析や緻密な法的検討が不可欠であることは言うまでもありません。また,現在の公取委の実態調査の実務が実効的で,かつ,関係者にとって公正で透明なものになっているか,事件審査の安易な代替手段となっていないか,振り返ってみる必要があると感じています。
 
 3 私はかねてから,公取委が多用している実態調査の手法を「制度化」することを提案しています。事件審査ではなく,また,単なる提言・唱導活動でもない,特定の市場や取引の実態を調査・分析し,必要に応じて問題点を指摘する競争当局の活動は,一般に「市場調査(market study)」,あるいは「分野調査(sector inquiry)」と呼ばれます。独占禁止法には,こうした活動の手続や権限を定める規定はありません。わずかに,調査のための強制権限(40条)や必要な事項の公表(43条)を定める規定が置かれているだけです(これに対して,事件審査の手続や権限については,多数の条文を置いています)。私は,市場調査の仕組みを制度化して,その実効性を確保するとともに,関係者の手続的保障に配慮すべきであると考えています。
 
   こうした市場調査の手法については,OECD競争委員会やICN(International Competition Network)において度々議論されてきており,次のような成果物にまとめられています。公取委は,こうした成果も参照しつつ,少なくとも公取委規則ないしはガイドラインとして,実態調査の具体的な実施方法を明文化することが求められます。特に,実態調査で得られた情報を基にして,違反事件審査に接続する仕組みを構築することが適切であると考えています。
 
  ・ICN Advocacy Working Group, Guiding Principles for Market Studies, 2016. ・ICN Advocacy Working Group, Market Studies Good Practice Handbook, 2016. ・OECD Competition Committee, Market Studies Guide for Competition Authorities, 2018.
 
 4 現在の公取委の活動を大胆に区分すると,ハードコア・カルテルについては違反事件審査により排除措置命令・課徴金納付命令(更には刑事告発)を目指す一方,それ以外の行為類型については排除措置命令以外の法目的実現手法を駆使して迅速で実際的な問題解決を目指すという方向性が明確になっていると感じます。具体的には,違反事件審査における確約手続(これは「法的措置」ですが)の活用や自発的措置による審査終了,企業結合審査,実態調査に基づく問題指摘・改善要請,事前相談に対する回答といった手法です。こうした把握が的確なものであるか,また,それをどのように評価するかについては,今後の課題としたいと考えています。

 

 

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