研究講座とイベント

  • 2021/09/07
  • コラム
  •  

 

会長コラム更新「アップル(リーダーアプリ)事件(公取委令和3・9・2公表)」

一覧を見る RSSフィードの購読はこちら

 

アップル(リーダーアプリ)事件(公取委令和3・9・2公表)
2021/9/6
公正取引委員会(公取委)の審査事件に関する発表が本年(2021年)4月以降皆無で,コロナ禍の審査業務への影響が大きいことを心配していたところ,9月に入り,デジタルプラットフォーム(DPF)による違反事件として,米国アップル(Apple)のアプリストアに係る審査事件の処理結果が公表された(9月2日)。杉本前委員長が最重点課題として取り組んでこられた巨大DPFに対する違反事件審査がようやく成果を上げたものといえ,これまでの実態調査の報告書とは異なる意味合いを有すると思われる。本件にについて簡単に紹介するとともに,いくつか感想を述べてみたい。

Ⅰ 事件の概要

1 経緯
本件は,アップルが運営するアプリストア(App Store)におけるデジタルコンテンツの販売等(音楽,電子書籍,動画等の配信事業)を巡る事案であり,平成28年10月に審査が開始されている。アップルに対するMNO(携帯キャリア3社)とのiPhoneの取引契約に係る事件と同時期であるが,後者の審査が先行して行われ,平成30年7月11日に処理結果が公表されている(アップルから一部の契約の改定の申出があり,これにより拘束条件付取引の疑いは解消されたとして審査終了)。
本件については,令和3年9月2日に処理結果が公表されており,自発的改善による審査終了(今後,改善措置の実施を確認した上で終了)という点でiPhone契約事件と同じである。

2 審査事実

  公表資料によると,本件の審査事実は次のとおりである。
①自らが運営するiPhone向けアプリを掲載するApp Storeにおいてアプリを提供する事業者(デベロッパー)の事業活動を制限している疑いがある(私的独占又は拘束条件付取引等)。
ⓐデベロッパーがApp Storeに掲載するアプリ内でデジタルコンテンツを販売等する場合に,アップルが指定する課金方法(IAP:in-app payment system)の使用を義務付けている。
ⓑデベロッパーに「アウトリンク」(消費者をIAP以外の課金による購入に誘導するボタンや外部リンクをアプリに含める行為)を禁止している。
アウトリンク禁止行為は,IAP以外の課金による販売方法を十分機能しなくさせたり,デベロッパーがIAP以外の課金による販売方法を用意することを断念させたりするおそれがあり,独占禁止法上問題となり得る。

②App Storeに掲載できるアプリの遵守事項を定めたガイドラインの記載や「リジェクト」(ガイドラインを遵守していないと判断されることをいい,リジェクトされるとApp Storeへの掲載ができない)の理由が不明確であると指摘されている。これにより,特定のデベロッパーを排除し,また,デベロッパーの事業活動上の予見可能性を損ない,新規参入や投資を制限する効果を与えるものであり,競争に悪影響を与える可能性がある。

  3 アップルの申出

   ①:音楽配信事業等,雑誌配信事業及びニュース配信事業におけるリーダーアプリ(ユーザーがウェブサイト等で購入したデジタルコンテンツを専ら視聴等するために用いられるアプリ)についてアウトリンクを許容することとし,ガイドラインを改定する)。
   ②ガイドラインの明確化・アプリ審査の透明性向上の取組を進め,その取組状況について,3年間にわたって年1回,公取委に報告する。

  4 公取委の評価と事件処理

アウトリンクの許容により,デベロッパーは,リーダーアプリを活用することで,自らのウェブサイトへのリンクなどを表示できるようになり,IAP以外の課金による販売方法の適用が妨げられる懸念が解消されることから,音楽配信事業等における独占禁止法上の問題を解消するものと認められる。
    今後,アップルが申し出た改善措置を実施したことを確認した上で本件審査を終了することとした。なお,アップルの発表資料では,2022年の早い時期に(in early 2022)ガイドラインの改定が発効するとされている。

Ⅱ 若干の感想
 1 本件の審査及び処理

①5年近い審査期間を要したことになるが,公取委では「調査期間が長いとは考えていない」(9/2日経速報ニュース)と説明している。いわゆる「アップル税」問題への関心が高まったのは2019年3月11日にSpotifyが欧州委員会に申立てを行い,2020年6月16日に音楽配信サービスについて調査が開始され(2021年4月30日に異議告知書が発出されている〔支配的地位濫用〕),また,2020年8月にEpic GamesがAppleを反トラスト法違反で提訴したことによるものであり,iPhone事件の審査を先行させてきた公取委の本件審査もこの頃から本格化したのかもしれない(両事件の担当は同じようである)。2020年9月に杉本委員長(当時)は,アプリ課金問題を検討していることを認めていた(20/09/03日経記事)。

②公取委にとって,アップルは1980年代末から度々審査対象としてきたものの,法的措置には至らないという苦杯をなめてきた相手であるが,今回も法的措置を採ることはできなかった。

  ・公取委は,1989年10月3日,アップルコンピュータジャパンや販売元のキヤノン販売に対して並行輸入妨害や再販売価格拘束の疑いで立入検査を行ったが,1991年2月に両社に注意を行って審査を終了した。当時は,内外価格差が大きな政策課題となっており,また,公取委は流通分野や輸入総代理店による競争制限行為に関するガイドラインの作成を検討していた時期であり,日米構造問題協議において独占禁止法・競争政策の強化を米国から求められていた最中であったが,逆に,米国側からは独占禁止法の運用強化の第1号が米国企業相手なのかという指摘もなされていた。
  ・公取委は,1999年12月7日,アップルコンピュータに対して再販売価格拘束の疑いで立入検査を行ったが,2000年10月3日に同社に警告を行った(担当官解説公正取引603号〔2001年1月号〕82-84頁)。
  ・その後も,アップルの流通取引が独占禁止法上問題となり得るのではないかという報道が度々なされてきたが,公取委が審査事件として処理結果を公表したものはiPhoneの契約を巡る平成30年7月11日の公表事例(自発的改善等による審査終了)までなかったようである。
   ・家電量販店のインターネット販売サイト経由の販売の制限(10/04/28日経)
   ・iPhoneの中古端末の再販売の制限(16/7/28日経)
・ヤフーのゲーム配信に対する妨害(18/8/16日経)
   ・部品供給業者に対する知的財産権侵害(19/08/07朝日)

③アップルが公取委との合意により世界全体に適用されるガイドラインを改定すると発表したこともあって,巨大IT企業に公取委が初めてチャレンジして成功した事例と受け止められがちであるが,実は公取委は2000年代には様々な先端的な事案を各国競争当局に先駆けて審査事件として取り上げてきた実績があることを忘れてはならない(その結果は必ずしも成功したものばかりではないにしても)。こうした取組が2010年代に途絶えていたことが悔やまれるのであり,今回の審査事件を機に更に積極的な審査活動を期待したい。

☞栗田誠「排除行為規制の現状と課題」金井貴嗣・土田和博・東條吉純編『経済法の現代的課題(舟田正之先生古稀祝賀)』(有斐閣・2017年)175-195頁参照。

④今後,欧州委員会が音楽配信サービスについて,アップルに対して違反認定及び制裁金賦課決定を行うことになると,公取委の今回の先駆的取組が埋もれてしまうおそれもあり(インテル事件の二の舞),欧州委員会の動向が注目される。また,公取委が欧州委員会とどのような執行協力を行ってきたのかも気になるところである。

2 実体面

①審査対象が音楽配信等に限定され,改善措置の対象は雑誌・ニュース配信に拡大されているものの,App Storeの売上げの3分の2を占めるとされるゲームは対象外である。公取委は,「音楽配信,動画配信,電子書籍といった市場では著作権の負担が大きい。…30%の手数料を乗せるとほとんど利益が出ない。アプリ開発者の努力で圧縮することが難しいため着目した」(9/2日経速報ニュース)と説明しており,App Storeにおけるゲームの問題については,「コメントを控える」と応答している。リーダーアプリへの限定には根拠がないとする指摘もあるところ(9/3日経記事における池田毅弁護士コメント),今後の公取委の動向が注目されるが,ゲーム等に審査対象を拡大することにはならないのではないかと思われる。なお,グーグル等の同様の問題を指摘されている事業者についても,公取委では「その他の企業のことは差し控える」と応答している。

②アウトリンクの禁止が私的独占又は不公正な取引方法(拘束条件付取引等)に該当する疑いがあるとされ,公表資料では,アウトリンクの禁止が「IAP以外の課金による販売方法を十分に機能しなくさせたり,デベロッパーがIAP以外の課金による販売方法を用意することを断念させたりするおそれ」があるとのみ説明されている。しかし,もう少し明確に,いわゆるセオリーオブハーム(theories of harm)を説明することが必要ではないか。アウトリンクの禁止がどこの市場における競争をどのようなメカニズムで損なうおそれがあると公取委が考えているのかを具体的に示すことが望まれる。欧州委員会の異議告知書のプレス・リリース(21/4/30)の方が詳しいという状況には問題があると思われる。また,App Storeの実態等に関する関連事実をより詳細に説明することが望ましい。自らの実態調査報告書を引用するのではなく,本件審査の結果を示すべきである。

 ③公取委は,アウトリンクの許容により独占禁止法上の問題は解消されると評価している。「アプリストアの使用の対価を手数料として徴収すること自体は,独禁法上問題にはただちにはならない」と説明しており(9/2日経速報ニュース),手数料率が30%(一定範囲では15%)という水準であること自体は問題にしないという立場であると思われる。他方,デベロッパーの不満は30%という手数料の高さにもあるように思われ,前記引用の杉本委員長のインタビュー記事でも,優越的地位濫用規定による対応の有効性が指摘されていた。公取委の公表資料では,「拘束条件付取引等」と記載しており,「等」に優越的地位濫用が含まれ,その観点からも審査した可能性はあるが,価格設定自体には介入しないという伝統的立場を維持したものといえる。

3 手続面

  ①本件審査に関する立入検査の報道はなく,アップルの協力を得つつ,報告命令(依頼)や供述聴取といった手法を用いた審査であったと推測される。「対面やオンラインで聴取を重ね」,「利用者アンケートを行い,ルールが消費者行動に与える影響なども分析」したとされ(9/2朝日),また,公取委も「外国企業は言語の問題もある。国内の通常事件を処理するのとは色合いが違う」(9/2日経速報ニュース)と審査の難しさを吐露している。どの程度内部資料の分析(デジタル・フォレンジック)が実施されたのか分からないが,今後の事件審査への示唆は大きいと思われる。

  ②アップルは,公取委との「合意」によることを強調しているが,公取委の手続上は,アップルが申し出た改善措置が「(独占禁止法違反の)疑いを解消するものと認められたこと」から,「今後,…改善措置を実施したことを確認した上で本件審査を終了することとした」とされている。公取委は,アップルが今後実施する改善措置により問題は解消すると評価している点で,大阪ガス事件(平成2・6・2公表:自発的改善による審査終了)とは異なっている。大阪ガス事件の公表資料には「公取委が当該措置により違反の疑いが解消されると判断した……旨の記載がなく,将来的には改善後の同社の行為が審査対象となる可能性があると思われる」(大阪ガス事件担当官解説公正取引838号〔2020年8月〕82頁)と解説されている。いずれにせよ,アップルが定めているガイドラインがどのように改定されるかにかかっている面もあると思われ,公取委の十分な確認が求められる。

  ③アップルのプレス・リリースだけを読むと,公取委が確約計画認定を行ったような印象を受けるが,上記のとおり,そうではない。なぜ公取委は確約手続によらなかったのかという疑問が当然出てくる。公取委は,「確約手続きを使うと,詳細な事実について審査を行う必要があり,さらに時間がかかる。アプリ開発者への影響を一日でも早く取り除くということに重きを置いて,確約手続きをとらず,審査を終了する判断をした」(9/2日経速報ニュース)と説明している。
「確約手続は,排除措置命令又は課徴金納付命令…と比べ,競争上の問題をより早期に是正し,公正取引委員会と事業者が協調的に問題解決を行う領域を拡大し,独占禁止法の効率的かつ効果的な執行に資するものである」(確約手続対応方針1)が,同時に,措置内容の十分性及び措置実施の確実性が認定要件となっており,また,確約計画の不履行に対する制裁等の仕組みがなく,公取委にできることはあらためて審査を行い,排除措置命令等を行うことにとどまるから,公取委としては相当の密度の審査を行っておくことが必要と考えられているのかもしれない。今回の措置により,公取委が,確約手続以外に,従来からの「自発的措置による審査終了」という処理方法を引き続き用いていく方針であることがはっきりしたといえる。
公取委は排除措置命令を目指していたとされており(9/2朝日),少なくとも「法的措置」として位置付けている確約計画認定を行うことが目指されていたものと推測される。しかし,確約手続の利用については,アップル側が応じなかった可能性もある。アップルとしては,公取委との間の問題だけではなく,欧州委員会をはじめとする各国競争当局の手続や民事訴訟を抱えているだけに,なるべく非公式な方法による決着を望むことは自然なことであるし,公取委としても,確約通知を一方的に行っても申請を強制できない以上,排除措置命令を行えるだけの理屈や証拠が得られる見込みがないとすれば,自発的改善による審査終了という処理を選択せざるを得なかったということかもしれない。

④アップルのプレス・リリースには,「この合意は日本の公正取引委員会との間の合意によりされたもの」,「Appleは日本の公正取引委員会に深い敬意を表し,これまでの共同の努力に感謝いたします」といった表現が含まれている。こうした賛辞をどのように受け止めればよいか。さすがに,Microsoftが1998年のブラウザ事件(平成10・11・20警告:OSとブラウザの一体化)について,「反トラスト法(米独禁法)より厳しい日本の独禁法で違反性が認められなかったのは,大きなニュース。勇気づけられた」(08/11/24日経産業)とコメントし,IntelがCPU排他的リベート事件(勧告審決平成17・4・13審決集52巻341頁)について,公取委の勧告を応諾しつつ,「独禁法違反にあたる事実はない」が,「措置に従っても取引に問題は生じない。審判手続きに入れば取引先に迷惑がかかる可能性もあるため」(平成17・4・1日経夕刊)と説明していた頃とは少し違うようである。しかし,この賛辞には,違反認定をされなかったこと,特に私的独占と認定されなかったこと,対象がリーダーアプリに限定されることへの安堵が含まれているのではないかと感じられる。

 

 

ページトップへ戻る