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  • 2021/07/20
  • コラム
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会長コラム更新「直近の米国反トラスト法の動きーFTCを中心に」

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 直近の米国反トラスト法の動きーFTCを中心に
ここ1か月くらいの間に,米国では反トラスト法・競争政策を巡って様々な動きがありましたので,いくつかご紹介したいと思います。バイデン政権下の連邦競争当局が始動し始め,暫くは目が離せない展開になりそうです。

 第1には,何といっても,連邦取引委員会(FTC)の委員長にリナ・カーン(Lina Khan)氏が就任したことです。コロンビア大学ロースクールの准教授であった同氏がFTCの委員に指名されたことは4月の月例研究会の冒頭挨拶で紹介しましたが,委員長の指名権限を有するバイデン大統領は上院の承認を得た同氏を委員長に指名しました。因みに,もう一つの競争当局である司法省反トラスト局担当の司法次官補(Assistant Attorney General)の指名は未だなされていません。
 カーン委員長率いるFTCは,早速,果敢な動きを見せています。7月1日の初めての公開の委員会会合において,①FTCの規則制定手続の迅速化,②FTC法5条の「不公正な競争方法(unfair methods of competition)」に関する2015年公表の執行方針(FTC, Statement of Enforcement Principles Regarding “Unfair Methods of Competition” Under Section 5 of the FTC Act, Aug. 13, 2015)の廃棄,③法執行の優先分野における強制調査権限の包括的授権という重要な決定を3対2のパーティ・ライン(党派に沿った票決)で行いました。FTCが連邦議会から与えられている権限を最大限活用しようということであると思いますが,共和党の委員からは,内容面はもとより,進め方が拙速にすぎるという批判が出ています。
 特に,不公正な競争方法に関する2015年の執行方針については,長年にわたる議論の蓄積や判例の展開がある中で,民主党オバマ政権下のラミレス委員長時代に妥協の産物として漸く出来上がったものであっただけに,それを廃棄し,シャーマン法及びクレイトン法の規制範囲を大きく超える形での積極的な不公正な競争方法規制については今後,議論を呼びそうです。
 また,これまでも様々な事案でFTCの審査対象となってきているAmazonは,6月30日にFTCに対し, Amazonに対するFTCの意思決定手続においてカーン委員長は回避すべきであるとする申立てを行いました。カーン委員長がこれまでAmazonの反トラスト法違反を論文等で主張してきており(Lina M. Khan, Amazon’s Antitrust Paradox, 126 Yale L.J. 710-805 (2017)が代表的),明らかな予断・偏見を有しており,公正な判断が期待できないことを理由とするものです。この点は,上院公聴会においても質問が出ており,カーン氏は個々の事案ごとにFTCの倫理担当者と相談すると応答していたようです。FTC規則には,委員の資格喪失(disqualification)に関する手続規定があり,実際にも,前職における関与,個人的・金銭的利害関係,予断・偏見等を理由とする当事者からの申立てや委員の回避がしばしば行われてきています*。FTCではAmazonによる企業買収事案が審査されることになっており,今後どのように展開するのか注目されます。

 *少し古いのですが,栗田誠「米国連邦取引委員会における委員の資格喪失」同『実務研究 競争法』(商事法務・2004年)183-198頁参照。
*AAI(American Antitrust Institute)は,6月24日にバイデン大統領宛てに,速やかな司法省反トラスト局長の指名を求める書簡を発出していますが,人選に際しては事件処理手続からの回避が少ないことを考慮要因の一つとすべきことを指摘しています。FTCのカーン委員長のことを念頭に,特に独任制である司法省反トラスト局のトップの人選に関して注意を促したものといえます。

 第2に,7月9日にバイデン大統領は,「米国経済における競争促進に関する大統領令(Executive Order on Promoting Competition in the American Economy)」に署名しました。過去数十年間に米国経済の寡占化が進行し,経済成長やイノベーションを阻害しているとして,連邦行政機関に対して全部で72項目に及ぶ競争促進策を採るよう促すものです。特に,①司法省反トラスト局及びFTCに反トラスト法を厳正に執行することを求めるとともに,提訴されなかった企業結合に対して事後に提訴することが現行法上できることを確認し,②労働,農業,ヘルスケア,ハイテクの各分野に法執行の重点があることを表明し,③国家経済会議(National Economic Council)の委員長の下に「大統領府競争評議会(White House Competition Council)」を設けることを内容としています。大統領令を受けて,司法省反トラスト局のパワーズ局長代行とFTCのカーン委員長は,同日に連名で,現行企業結合ガイドラインが過度に許容的でないか精査する必要があり,改定に向けた共同の見直し作業を速やかに開始する旨表明しています。

 第3に,連邦議会でも,反トラスト法やその執行を強化することを内容とする法案が多数提出されています。その内容は様々ですが,6月に下院に提出された法案にはデジタル・プラットフォーム(DPF)に対するEUスタイルの事前規制アプローチを採り(法案名が「プラットフォーム独占禁止法案」,「プラットフォーム独占終了法案」等とされています),DPFに対するデータ・ポータビリティの義務付け,利用事業者と競合する事業の禁止,自己優遇(self-preferencing)の禁止,企業買収の実効的な規制等が含まれています。もっとも,こうしたDPF規制については議論が大きく分かれており,法案成立に向けての調整は容易ではないと思われます。最も確実に実現しそうなものは合併事前届出の手数料を引き上げる法案に含まれている反トラスト当局に対する予算配分の増額です。この点は,我が国のように増分主義(incrementalism)ではありませんので,競争当局のリソースは減るのも早いが,増えるのも早い,連邦議会の考え方次第であるとあらためて感じます。我が国でも,公正取引委員会の体制強化が課題となっていますが,この夏の予算編成でどのようになるでしょうか。

 こうした現下の動きをみていると,1970年代後半以降の消費者厚生を重視し,ハードコア・カルテル以外の規制,特に独占行為規制に慎重であった米国反トラスト法の執行が大きく変わっていくという印象を受けるかもしれませんが,事はそう簡単ではありません。反トラスト当局が積極的に法執行を進めようとしても,1970年代後半以降に確立されてきている反トラスト判例法がその行く手を阻むことが予想されます。いわゆる「レーガン大統領の遺産」と呼ばれてきたものであり,特に連邦最高裁の現在の構成は,トランプ政権下末期の最高裁判事の駆け込み指名もあって,保守的な判断に傾きやすくなっています。そうした判例法の制約を別にしても,(非法的な手法を多用する公正取引委員会と異なり)法執行として行われる反トラスト当局の活動が裁判所による厳格な審査を受けることは当然です。

 日本でも大きく報道されましたが,FTCが昨年12月に提訴したFacebook事件において,DC地区連邦地方裁判所は,FTCの訴状を棄却する決定を6月28日に下しました。FTCの訴状では,Facebookが60%超の支配的なシェアを有すると主張されていますが,シェアを算定する的確な方法を提示できていないこと,7年前に行われた競合アプリの排除行為について差止を請求する権限を欠いていることを理由としているようです。FTCには,訴状を出し直したり,自らの審判手続で審理したりする選択肢があるようですが,FTCの次の動きが注目されます。

 また,法執行の手段についても,連邦最高裁は,本年4月22日,FTCの金銭的回復措置の権限を否定する判決を全員一致で下しています(AMG Capital Management LLC v. FTC)。FTC法13(b)条は,FTC法違反行為についてFTCが裁判所に差止請求をする権限を与えており,FTCは同条を根拠に,恒久的差止請求に付随して金銭返還(restitution)や利益剥奪(disgorgement)といった衡平上の金銭的措置を請求することができると解釈し,消費者保護分野を中心に活用してきていました。反トラスト法(競争法)分野での活用に対しては反対論も強く,FTCも実際にはほとんど用いていませんでしたが,消費者法分野では確立されたものと考えられてきました。今回の最高裁判決は,消費者法に関わる事案でしたが,同条が将来に向けた差止請求の規定であって,遡及的な金銭的救済のための規定ではないと明確に判示しています。判決を受けて,FTCは,この問題の立法的解決を連邦議会に要請しています。今後,FTCが積極的に進めようとする規則制定による法執行についても,裁判所が重要な鍵を握ると思われます。

 

 

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