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  • 2020/12/03
  • コラム
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会長コラム更新「ダンピング提訴と独占禁止法」

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ダンピング提訴と独占禁止法

1 11月25日の夕刊各紙に,石油プラント等に使われる配管をつなぐ「継手」の価格カルテルの疑いで公正取引委員会がメーカー4社に立入検査を始めたという記事が掲載されました。これだけですと,普通の価格カルテル事案の調査開始というだけのことですが,記事によっては,価格カルテル対象商品である「炭素鋼製突合せ溶接式継手」については,不当廉売関税が2023年3月までの期間で課されていると報道されています。朝日新聞の記事によれば,価格カルテルは「遅くとも2017年以降」行われている疑いがあり,また,メーカー4社のうちの3社が2017年に韓国産品及び中国産品に対する不当廉売関税の賦課を求める申請をしていたというのです。

2 私は,「経済法」(独占禁止法)を専門としておりますが,現在の本務校では「国際経済法」の授業も担当しており,この記事を大変興味深く読みました。経済産業省のホームページには,韓国産及び中国産の「炭素鋼製突合せ溶接式継手」に対する不当廉売関税に関する情報が掲載されています。それによれば,2017年3月6日に3社から課税を求める申請書が提出され,同年12月28日に暫定措置が,2018年3月31日に確定措置が発動されており,2023年3月までの5年間続きます。また,関係事業者のホームページにもアクセスしてみましたところ,少なくとも2社について,不当廉売関税の申請を行った2017年3月に,同年4月出荷分からの販売価格の引上げを公表していることが確認できました。

3 今後の公正取引委員会の調査を待つ必要がありますが,仮に報道されているような価格カルテルが行われていたとするならば,廉価な輸入品を不当廉売関税によって排除しつつ,国内メーカー同士で価格カルテルを行うという,成熟した産業ではありがちな企業行動が日本でも現実化してきたものといえます。不当廉売関税を申請した3社は共同して,申請に必要な情報収集・調査を行い,申請に及んだものと推測されますが,そうした共同作業・共同申請の機会を通じて価格カルテルの合意形成も行われたということかもしれません。通商法と競争法の両方が関わるこの種の問題は,例えば米国などでは古くからのものであり,事例も多いと思いますが,日本でも今後,こうした問題が増えてくるものと予想されます。

4 我が国では,不当廉売関税,相殺関税,緊急輸入制限措置(セーフガード)といった貿易救済措置を発動することについては,従来,大変慎重であったと思います。海外諸国による貿易救済措置の濫用(WTO協定違反)を指摘して改善を求めることを通商政策の大きな柱としてきた我が国は,自らが発動することについても極めて慎重に対応してきたといえます。しかし,こうした慎重な方針は,ここ10年くらいの間に少しずつ変化してきています。貿易救済措置の発動を抑制してきた実体要件や手続について緩和する制度改正や運用の変更が行われてきており,また,経済産業省も貿易救済措置の発動を産業政策の一つのツールとして位置付け,活用していく方向に舵を切りつつあるように見受けられます。経済産業省のウェブサイトの「貿易救済措置」のページには,「安値輸入品という経営課題にADという選択」という見出しが掲げられており,申請の方法等に関する詳細な解説やQ&Aが掲載されており,また,毎年,「貿易救済セミナー」が開催されているなど,特に不当廉売関税の発動については積極的に相談を受け付け,申請を奨励するような姿勢です。こうした変化もあってか,現在,5件の不当廉売関税の賦課が行われているようです。

5 もちろん,不当廉売関税を含む貿易救済措置の発動は,WTO協定上認められている正当な手段であり,関税定率法に定められている要件及び手続に基づいて行われるものであり,それ自体に問題があるわけではありません。しかし,その発動が国内市場における競争に極めて大きな影響を及ぼすことも明らかであり,発動に前のめりになっているようにもみえる現在の経済産業省の姿勢にはやや疑問を持っております。また,前述したように,申請が多くの場合に複数の事業者が共同して,あるいは事業者団体が行うことから,独占禁止法上のリスクが伴うことも言うまでもありません。

6 こうしたことを経済産業省のホームページで調べているうちに,更に重要な事実に辿り付きました。経済産業省の特殊関税等調査室を事務局とする「アンチダンピング措置の共同申請及び団体申請の活用促進に関する研究会」が本年8月から10月にかけて開催され,アンチダンピングの共同申請等に当たって生じ得る独占禁止法上のリスクを分析し,その解決策を探る取組が行われています。研究会の第2回の会合には,公正取引委員会から独占禁止法上の考え方についての説明も行われており,10月26日に公表された「アンチダンピング措置の共同申請に向けた検討のモデルケース」の内容については公正取引委員会も了解しているものと思われます。(注)

  こうした取組は,今後増えてくると思われるアンチダンピング等の貿易救済措置の共同申請やその準備に当たって留意すべき点を示し,独占禁止法上のリスクに十分注意しつつ,制度の活用を図っていく上で有用なものであり,その成果である「モデルケース」は関係事業者等において是非とも参照すべきものであると考えています。

  今回の炭素鋼製突合せ溶接式継手に係る価格カルテルの疑いによる公正取引委員会による立入検査と経済産業省の研究会における検討との間に何らかの関連はないのか,という点が気になりますが,経済産業省の研究会では公正取引委員会の経済取引局調整課長が説明されており,立入検査は言うまでもなく審査局が行うものであり,違反事件審査は厳格な情報管理の下になされますので,たまたま時期が近接したにすぎないと考えることが常識的であろうとは思います。また,公正取引委員会として,アンチダンピング措置の活用が本格化してくる中で,実際に発動されている商品や申請の候補に挙がってくるような商品の価格や輸入の動向等を注視する方針を採っているということであれば,それは必要かつ適切なことであろうと思います。

7 1980年代から1990年代にかけての貿易摩擦が華やかであった時期に,日本市場へのアクセス改善を求める海外諸国に対して,外国産品の日本市場へのアクセスが容易ではないのは日本の製造業の国際競争力が強いからであり,日本市場における活発な競争に対応できない外国企業に問題があるといった反論をしていましたが,今となってはそうした時期が懐かしく感じられます。貿易救済措置を活用して国内産業を守ることが重要な政策課題になってきている現実を直視しなければならないと思います。

(注)経済産業省の研究会で検討された独占禁止法上の課題は,ダンピング提訴をする国内企業同士の情報交換・共同行為に関わるものですが,ダンピング規制に関連する独占禁止法問題は多様です。公正取引委員会が開催した「独占禁止法渉外問題研究会」の報告書「ダンピング規制と競争政策」が1990年2月に公表されていることに注意を喚起しておきたいと思います。公正取引委員会事務局編『ダンピング規制と競争政策 独占禁止法の域外適用』(大蔵省印刷局・1990年)参照。

 

 

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