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  • 2020/09/07
  • コラム
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会長コラム更新「公正取引委員会 令和元年度年次報告に記載されていないこと」

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 公正取引委員会年次報告(独占禁止白書)
~令和元年度年次報告に記載されていないこと
競争法研究協会会長 栗 田 誠

 公正取引委員会は,2020年9月4日に「令和元年度年次報告」を国会に提出するとともに,公表した(注1)。近年では9月下旬に公表されることが多かったが,委員長の交代が予定されていることもあってか,少し早い時期になった。

 言うまでもなく,公正取引委員会の年次報告(「独占禁止白書」と通称される)は,独占禁止法44条1項において,「公正取引委員会は,内閣総理大臣を経由して,国会に対し,毎年この法律の施行の状況を報告しなければならない。」と定められていることを受けたものであり,いわゆる法定白書である。かつては,年次報告において初めて公表される情報が含まれていたが(注2),現在の年次報告は,既に公表済みの情報を一定の章立てに沿って編集した資料集のようなものである(注3)。研究者にとっては,公正取引委員会の活動や独占禁止法の施行状況に関する細かな情報(例えば,日付や件数)を確認したい場合などには大変便利である。

 したがって,年次報告が公表されたからといって,これを読む意味は基本的にはないのであるが,今回,私は,「独占禁止法と他の経済法令等の調整」についてどのように記述されているかに関心があったので,早速確認してみた。近年の年次報告には,「法令協議」(平成18年度までは「法令調整」と表記されていた)及び「行政調整」という見出しと数行の簡潔な説明だけで,具体的な調整案件については全く説明がないことに気が付いていたからである(注4)(注5)。

令和元年度においては,「地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律案」が本年3月3日に閣議決定の上,国会に提出されており,内閣官房日本経済再生総合事務局私的独占禁止法特例法案準備室や金融庁・国土交通省との調整が行われたはずである。なお,この法律案は,同年5月20日に成立しており,同年11月27日に施行される(以下ではこの法律を「地域基盤企業合併等特例法」という)。しかし,令和元年度年次報告には,本法律案に関する記述はなかった。

 地域基盤企業合併等特例法は,いわゆる「官邸主導」で成立したものとみられるが,官邸主導を演出した金融庁及び国土交通省の作戦勝ちということかもしれない。ふくおかフィナンシャル・グループによる十八銀行の株式取得事案の独占禁止法による企業結合審査が長期化し,債権譲渡等の問題解消措置を条件に最終的に容認されたものの(平成30・8・24公表),企業結合審査が地域経済を支える地域銀行の経営統合を推進する上での支障になりかねないとの金融庁等からの問題提起を受けて,内閣総理大臣主催の「未来投資会議」における地方施策に関わるテーマとして検討された結果,「成長戦略実行計画」(令和元・6・21閣議決定)に独占禁止法の特例法を設ける旨が盛り込まれた。未来投資会議における検討においては,杉本和行公正取引委員会委員長が,第21回(平成30・11・6)及び第26回(平成31・4・3)の2回にわたり,公正取引委員会の考え方を説明されているが,流れを変えることはできなかった(注6)。また,表面的には地域銀行問題が大きく取り上げられていたが,実際には地方乗合バスの路線再編や運賃調整等の問題の方がより深刻であり(カルテルの問題であるから当然ともいえる),国土交通省等の関係者の水面下の動きも激しかったのかもしれない。

 地域基盤企業合併等特例法は,主務大臣の認可を得て行う地域銀行の経営統合と地方乗合バス会社の共同経営協定・経営統合について独占禁止法の適用除外とするものであり,認可に当たっては公正取引委員会への協議が求められており,また,10年以内に廃止するものとされている(注7)。独占禁止法の適用除外に関わる法令協議について,なぜ令和元年度年次報告は沈黙しているのであろうか。

年次報告に記載されていないことに意味があると考えるべきであろうが,思い付いた理由は次のようなものである。年次報告に記載される「法令協議」とは,公正取引委員会が「(関係)行政機関からの協議を受け,独占禁止法及び競争政策との調整を図」ることである。しかし,本法律案は,内閣官房において企画・立案されており,それは「行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画及び立案並びに総合調整に関する事務」(内閣法12条2項4号)として行われていると考えられる。内閣官房は,行政各部より一段も二段も高い立場から,公正取引委員会を含む関係行政機関その他の利害関係者からの意見等を聴取した上で,本法律案を取りまとめたものであり,公正取引委員会は本法律案について内閣官房から協議を受ける立場にも調整を図る立場にもない。年次報告に本法律案に関する記述がない理由は本当に以上のようなことなのか,公正取引委員会の担当者に聞いてみたいところであるが,何か釈然としない。

 平成13年1月に施行された中央省庁改革により内閣総理大臣の権限が強化され,省庁に跨る施策の調整・統一を関係省庁間の調整のみに委ねるのではなく,内閣官房が企画・立案や総合調整を自ら担うことができる体制になっており,「政治主導」の名の下にそうした傾向が強まっているように見受けられる(注8)。そうした体制や運用の是非は本コラムの範囲を超えるが,公正取引委員会の職権行使の独立性にも何らか影響が及ぶことは避けられないと思われる。

 成立した地域基盤企業合併等特例法は内閣官房の手を離れ,主務省庁において施行されることになる。同法に基づく具体的事案が早晩出てくるであろうが(注9),そこでは金融庁又は国土交通省と公正取引委員会との調整になる。この調整においては,公正取引委員会の真価が問われることになるが,公正取引委員会との協議等の行方によっては,主務省庁が同法の協議手続の修正ないしは廃止を希望し,内閣官房の総合調整に委ねようとする行動に出る可能性もある。公正取引委員会としては,同法の協議手続を維持する観点から主務省庁との折り合いをつけることも必要になってくるかもしれない。また,公正取引委員会の実務では,企業結合や業務提携は独占禁止法違反事件としては処理されておらず,必要に応じ関係省庁と「調整」することも実際上行われているのではないかと思われる。違反事件審査として企業結合審査を行う場合に関係省庁との調整を行おうとするに当たっては,公正取引委員会の職権行使の独立性の問題と正面から向き合う必要が出てくるように思われる(注10)。

 年次報告における法令協議に関する記述の問題から公正取引委員会の独立性の問題へと議論が大きく拡散してしまったが,令和元年度年次報告については,もう一つ,ICN(International Competition Network)におけるCAP(Framework for Competition Agency Procedures)がどのように記述されているかが気になっていた。以前,会長のコラム「ICNのCAPテンプレート」にも書いたように,公正取引委員会は,ICNに積極的にコミットしているにもかかわらず,なぜかCAPには冷淡であり,競争法の手続問題には及び腰であるようにみえる。令和元年度年次報告では,ICNについて3頁以上のスペースを使って,作業部会の活動を含めて詳しく紹介しているが(277-280頁),2019年6月に発足したCAPには言及するところがない。これも奇妙なことである。

 冒頭に述べたように,公正取引委員会の年次報告は高い記録性・資料性を有しており,是非ともそれが維持されることを期待したい。

(注1)全文は次のURL参照。
https://www.jftc.go.jp/soshiki/nenpou/index_files/r1nenpou.pdf

(注2)なお,価格の同調的引上げの報告徴収制度が設けられていた時期には,独占禁止法44条1項第2文として,「この場合においては,第18条の2第1項の規定により求めた報告の概要を示すものとする。」と規定されていた。

(注3)例えば,かつては主要な企業結合事例が年次報告において初めて紹介されていたが(個別公表されるものを除く),平成5年度以降は「〇〇年度における主要な企業結合事例」として,例年6月に公表されている。

(注4)法令協議において,「公正取引委員会は,関係行政機関が特定の政策的必要性から経済法令の制定又は改正を行おうとする際に,これら法令に独占禁止法の適用除外や競争制限的効果をもたらすおそれのある行政庁の処分に係る規定を設けるなどの場合には,その企画・立案の段階で,当該行政機関からの協議を受け,独占禁止法及び競争政策との調整を図っている」(令和元年度年次報告28頁。下線追加)。

(注5)平成20年度以降をみると,「法令協議」について,平成20年度には「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法案」(以下ではこの法律を「タクシー適正化・活性化法」という),平成22年度には「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法の一部を改正する法律案」,平成23年度には「災害時における石油の供給不足への対処等のための石油の備蓄の確保等に関する法律等の一部を改正する法律案」について,それぞれ調整を行った旨記載があるが,それ以降の年次報告には全く記載がない。制定されたタクシー適正化・活性化法には,独占禁止法の適用除外を定める規定は設けられていなかったが,平成25年改正により,認可特定地域計画に基づくタクシー事業の供給輸送力の削減等に関する適用除外の規定が設けられている。しかし,平成25年度年次報告の「法令協議」の項には,この点の記載がない。ただし,同法の改正により適用除外規定が設けられた旨の簡潔な記述が「適用除外の見直し等」の項にある(137頁)。また,「行政調整」に関しては,平成15年度以降,具体的案件の記載はない。

(注6)未来投資会議第19回(平成30・10・5)において「地方施策協議会」が設けられ,専門的な検討を行うこととされ,「地方施策協議会」第1回会合(平成30・12・18)において,公正取引委員会(経済取引局長),金融庁及び国土交通省がそれぞれの立場を説明している。なお,地方施策協議会は,この1回しか開催されていないようである。

(注7)地域基盤企業合併等特例法の概要について,佐々木豪他「乗合バスおよび地域銀行に関する独占禁止法の特例法の概要」商事法務2233号(2020・6・15)42頁参照。

(注8)私は,1996年6月から1998年6月まで,公正取引委員会事務総局経済取引局調整課長の職にあり,関係省庁との「法令調整」「行政調整」に当たったが,現在の政府部内の政策調整の手順や手法は当時のそれとは大きく変わっているように見受けられる。

(注9)青森県を地盤とする青森銀行とみちのく銀行が経営統合に向けた協議に入っており,特例法適用の第1号になる可能性がある旨報道されている(2020・9・5各紙)。

(注10)もっとも,実際上,関係省庁との「調整」ではなく,関係省庁からの「意見」の聴取(独占禁止法67条)として位置付けることで,この問題を回避することになろう。

 

 

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