研究講座とイベント

  • 2020/08/21
  • コラム
  •  

 

会長コラム更新「公正取引委員会の実像」

一覧を見る RSSフィードの購読はこちら

 

 公正取引委員会の実像

競争法研究協会
会長 栗 田 誠

 NBL誌(商事法務)において,公正取引委員会委員を務めておられた幕田英雄弁護士が「公取委 ありのまま」というエッセイ風の読み物を隔号で連載されていた1。委員長及び委員で構成される委員会における意思決定のプロセス等を可能な限り具体的に解説することにより,企業担当者や弁護士における公取委への無用な警戒感を軽減し,協調的な問題解決を目指す制度が円滑に運用されることを期待して執筆されたものである。確約手続が導入され(平成30・12・30施行),令和元年独占禁止法改正による調査協力減算制度の施行も近く予定される中で,大変時機を得た連載であったと思われる。特に,公取委という組織の活動は広く知られるようになってきているが,委員会内部の動きや意思決定プロセスは明らかになることがほとんどない中で2,公取委の実像を知る手がかりを与えてくれる。また,筆者(栗田)のように公取委事務総局の中間管理職に過ぎなかった者の見方・感じ方とは違う面もあり,大変興味深く拝読してきた3。

 少し前になるが1163号(2020.2.1)においては,「第6回 委員会・ 新しい時代における委員会の使命」と題して,公取委がデジタルプラットフォーマー(DP)等の「旬のテーマ」に果敢に取り組んでいることを例に,委員会が「心理的余裕」を持って時代にふさわしい課題に取り組めるようになったと指摘されている。そして,心理的余裕をもたらした要因として,審判制度が廃止されたことにより「裁判類似の機能を果たすために莫大なエネルギーを注いでいたこと」から解放され,「長期的な課題や新規の問題についてじっくり考えをめぐらせる」ことができるようになったことを挙げておられる。筆者が公取委事務総局を離れて20年近く経過していることもあり,なるほどと思う面がある半面,違和感を覚える点も少なからずあった。以下では,幕田弁護士のこの論稿について,いくつか感想を記してみたい4。

 第1に,2016年夏以来,公取委がDP等の「旬のテーマ」に切り込んでいるという幕田弁護士の認識(「旬のテーマ」に切り込む委員会)は正しいと思う5。付言するならば,近年の新規分野への取組は評価すべきことではあるが,2000年代終盤から2010年代央までの停滞からの脱却とでもいうべきものではないか。公取委が1990年代から2000年代にかけて,政府規制,知的財産,国際取引等に関わる新規の事件にチャレンジしていたことについては,旧稿において詳述したとおりである6。

 第2に,審査事件として取り上げ処理するためには,最終権限を有する委員会メンバー間で判断枠組が共有される必要があり,そのために時間をかけてコンセンサス形成が行われると指摘されているが(「ローマは一日にしてならず」,同じように…),筆者には必ずしも(あるいは,常に)適切であるとは思われない。ハードコア・カルテル及び再販売価格の拘束以外の行為類型については,違法判断の基準や分析手法も十分確立していないことが少なくなく,委員会メンバー間のコンセンサスを待って取り上げるのでは時機を逸することとなりかねないのではないか。独占禁止法違反行為には,将来に向けて行動の是正を命ずるだけで足りる(制裁を課す必要がないばかりか,むしろ有害である)ものも多い。公取委が取り上げることの影響を考慮しつつも,違反を疑う合理的理由がある限り,審査を開始することが適切である(もちろん,審査の手法はいろいろあり得る)。そもそも,公取委は合議制の機関として,熟議の上での多数決による意思決定が制度化されている。

 第3に,審判制度廃止後も「所管する業務の専門性,業務の要中立性・公平性という実質」から判断して公取委の独立性の維持が依然として必要であると指摘されており(審判制度廃止後も変わらない公取委の役割),それ自体は当然といえる。問題は,審判制度廃止により行政委員会という組織形態を採る必要性・必然性が低下したのではないかという点にあると思われる。市場実態の把握や調査分析は言うまでもなく,独占禁止法違反行為の探知・審査・処分だけであれば,独任制の方が迅速な意思決定が可能になり,適切ではないかという考え方もあり得る。しかし,独任制機関にあっては,合議制機関に比べて外部からの影響を受けやすくなり,独占禁止法執行の独立性の維持が難しくなることも考えられる7。

 第4に,委員会が審判関連業務に莫大なエネルギーを投入していたことを指摘され,それを否定的に捉えておられるようにも見受けられるが(審判制度の下,審決関連業務に注入された,委員会の莫大なエネルギー),いくつか疑問もある。委員会が違反事件に関する最終判断をして委員会名で処分を行う以上,相応のエネルギーを投入すべきことは当然であるし,米国連邦取引委員会のように,必要に応じて委員長・各委員に専属のスタッフを付けることも検討されるべきである。また,独占禁止法は審判官制度を採用し,審判開始から審決案の作成までの一切を委任する運用が行われてきたから,委員会の負担は審判事件の最終段階にすぎない。さらに,委員会が審判関連業務に時間を取られていたのは2000年代中頃から2010年代にかけての限られた期間であったと思われるし,多くの審判事件は実質的には課徴金の額を争うタイプのものであり,それは課徴金制度の不備によるところが大きく,その改善を図ることこそが求められたのではないか(この点は現時点でも大きな課題として残されている)。

 第5に,審判制度の廃止により,命令の当否を判断する機能が裁判所に移されたことから,委員会には新規の問題・長期的課題を考える「心理的余裕」が創出されたと指摘されていることについてであるが(新規・長期的課題を考える「心理的余裕」の創出),それ自体は望ましく,また,必要なことであると思う。しかし,公取委の最大の任務が独占禁止法の執行であることに変わりはない。残念ながら,排除措置命令書からは公取委の独占禁止法解釈や関係人の意見に対する考え方を伺うことができないし,ハードコア・カルテル及び再販売価格の拘束以外の類型の違反事件について排除措置命令が行われること自体,極めて稀であり(近時の確約手続の運用についても疑問なしとしない),審判廃止による余裕がこうした面では活かされていないようである。

 以上は幕田弁護士の論述に沿った感想であるが,論述されてないこと,すなわち,公取委が審判制度廃止によって失ったものについても指摘しておきたい8。審判制度を失った(むしろ「手放した」というべきかもしれないが)ことにより,公取委は独占禁止法の多様な違反行為類型について具体的な違法性基準を形成する機能を喪失したということである。この点については,早い段階から的確に指摘されてきたし9,旧稿でも言及したことがあるので,これ以上は論じない。

 幕田弁護士の論稿について,やや批判的に感想を記してきたが,やや揚げ足取り的になった点があるかもしれない。幕田弁護士のご趣旨を誤読・誤解していないことを願うのみである。

1 NBL1153号(2019.9.1)から1175号(2020.8.1)までの隔号に12回連載。

2 公正取引委員会議事録の開示に関する情報公開・個人情報保護審査会平成18年度(行情)答申第 454号・第455号(平成19・3・22)参照。

3 連載第1回を読んで,日米構造問題協議を契機とした独占禁止法の強化が始まった時期に刊行された川井克倭(元公取委首席審判官)『いやでもわかる公取委』(日本経済新聞社・1992年)を思い出したが,同書は違反事件の審査・審判の実情には詳しいが,委員会の意思決定プロセスには言及していない。

4 筆者は,公取委事務総局での最後の3年間を審判官として勤務し,また,その後も審判制度存続(廃止反対)の立場から論述してきたことを申し添える。栗田誠「公正取引委員会の審判制度の意義とその廃止の帰結」日本経済法学会編『独禁法執行のための行政手続と司法審査』日本経済法学会年報31号33-48頁(有斐閣・2010年)参照。

5 栗田誠「独禁法の行政的エンフォースメントの課題―公取委による「安上がりな」法実現の現状とその評価」上杉秋則・山田香織編著『独禁法のフロンティア―我が国が抱える実務上の課題』(商事法務・2019年)第1章(2-41頁),31頁以下参照。

6 栗田・前掲注4のほか,栗田誠「排除行為規制の現状と課題」金井貴嗣・土田和博・東條吉純編『経済法の現代的課題(舟田正之先生古稀祝賀)』(有斐閣・2017年)175-195頁参照。

7 独立・中立の法執行者として評価されてきている米国司法省反トラスト局が2019年8月に自動車メーカー4社に対して開始した反トラスト審査について,トランプ政権による政治的介入ではないかとの批判が提起されたことも想起される。See Grant Petrosyan, DOJ’s Probe into Four Automakers: Impartial Investigation or Politicization of Antitrust?, CPI’s North American Column, October 2019.

8 幕田弁護士は審判制度廃止の意義自体を論じておられるわけではないので,フェアでないようにも思うが,ご宥恕願いたい。

9 例えば,平林英勝「公正取引委員会の審判廃止がもたらすもの」筑波ロー・ジャーナル4号35-53頁(2008年)参照。

 

 

ページトップへ戻る