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  • 2020/04/11
  • コラム
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公正取引委員会の職権行使の独立性

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公正取引委員会の職権行使の独立性
  競争法研究協会
  会長 栗 田 誠

 公正取引委員会の次期委員長候補者として古谷一之内閣官房副長官補(元国税庁長官)が国会に提示され,2020年3月25日に衆議院議院運営委員会において所信の聴取と質疑が行われた。会議録を一読したが,中小企業問題(新型コロナウィルス関連を含む)やデジタルプラットフォーム問題に焦点が当てられ,特段目新しいことはないようにも感じたが,デジタル分野の競争環境の整備に関連した公正取引委員会の職権行使の独立性を巡る議論に注目したい。

 古谷参考人は,公正取引委員会が取り組むべき具体的な施策として,次の7点を挙げている。杉本和行現委員長が就任時(2013年3月)に挙げておられた公正取引委員会の課題と大きく違うところはない。④は,杉本委員長の就任時には含まれていなかったが,その在任中に最も重点を置いて取り組まれてきた課題である(杉本和行『デジタル時代の競争政策』(日本経済新聞出版社・2019年)参照)。また,⑥が追加されていることは言うまでもない。

①厳正かつ実効性のある独占禁止法の執行
②中小企業に不当に不利益を与える行為の取締り
③消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保
④情報を競争資源とする分野における競争環境の整備
⑤様々な分野における競争環境の整備
⑥令和元年改正独占禁止法の円滑な施行
⑦競争当局間の国際的連携の推進

 古谷参考人は,④に関して,デジタル分野の実態把握と考え方の整理や独占禁止法の執行に加えて,「デジタル分野の競争環境の整備に向けましては,公正取引委員会以外にも多くの省庁が関係をすることから,昨年九月,内閣官房にデジタル市場競争本部が設置をされまして,政府全体での取組が行われております。こうした検討に積極的に参加していくことが必要と考えております。」と述べておられるが,この点も杉本委員長の下の公正取引委員会の路線と異なるものではない。

 古谷参考人の所信に対する質疑において,塩川鉄也委員(日本共産党)から公正取引委員会の職権行使の独立性に関する認識を問われて,古谷参考人は次のように応答されている。

独禁法28条で,公取は独立してその職権を行使するというふうになっております。独立行政委員会という位置づけでございまして,ほかから指揮監督を受けることなく,独立で,まさに自由で公正な競争環境を確保する仕事という崇高な使命が公取にはあるんだというふうに思っております。
 私自身は,内閣官房で,先ほど申し上げましたように,各省のあまた調整事をやっておりますけれども,公取委員長に仮に選任されましたならば,この独立して職権を行使するということを心に定めて仕事をさせていただきたいというふうに思っております。

 この後,若干の質疑があり,公正取引委員会の職権行使の独立性と次期委員長候補者の現在の職務(内閣官房副長官補)との関係で重要なやり取りが行われている。正確を期すために,会議録から引用する(下線は筆者)。

○塩川委員 公正取引委員会の知見が不十分だという認識を踏まえて,成長戦略実行計画においては,内閣官房にデジタル市場の競争状況の評価等を行う専門組織としてデジタル市場競争本部を創設するとしました。古谷さんのお話にもあったとおりであります。その事務局組織の,デジタル市場競争本部事務局の事務局長が古谷副長官補ということであります。
 やはり,いろいろ公取に注文をつけるような内閣のもとで新たにつくられたデジタル市場競争本部,その事務局の責任者をやっておられる古谷参考人が,いわば官邸の中枢で企画立案や総合調整を担う立場だった人が独禁当局の責任者となるのは,公正取引委員会の職権行使の独立性に疑問符がつかないかと思うわけですが,その点,いかがでしょうか。
○古谷参考人 私は,きょう,内閣総理大臣から候補者として選考されてここに参っておりますので,私がふさわしいかどうか,私の方から申し上げるのは難しいですけれども,先ほども申し上げましたように,デジタル市場の競争環境を整備していくという問題については,公取,競争当局を含めていろいろなところがかかわってくる話になると思いますので,これは,個人情報保護委員会とか消費者庁,経産省,総務省,いろいろなところと一緒になって議論しております。そういう中で,公取が果たすべき役割というのはあると思います。
 今,内閣官房でそうした調整業務を主として私はやっておりますけれども,一番最初の御質問に戻りますが,公取は独立して仕事をするということでございますので,公取の委員長になりました場合には,きちっとそこは切り分けて職務に当たらなければいけないと思っております。
 私は,これまでいろいろな行政官として仕事をしてまいりましたけれども,それぞれ与えられた職責を一所懸命と思ってやってきたつもりでございます。今後もそうしていきたいというふうに考えております。

 塩川委員の懸念を敷衍すれば,官邸主導で政策形成・実施が行われている中で,職権行使の独立性が保障されているはずの公正取引委員会に対しても官邸から要請,更には指示がなされ,あるいは公正取引委員会が官邸の意向を忖度して活動することとなるおそれがあり,現在,官邸で政策の企画・調整の中枢にある候補者が公正取引委員会委員長に就任することになれば,公正取引委員会が官邸と一体化し,あるいは公正取引委員会が官邸の政策実現のツールと化すことになりかねない,といったことであろう。

 確かに,「官邸官僚」としては,時の政権の政策実現に向けて努力することは当然であろうし,官邸を離れてからもそうしたマインドを持ち続けるかもしれない。また,政府部内の調整を担ってきた者であれば,その大変さが分かるだけに,政府の一員として調整に応じることになりがちであるかもしれない。したがって,実質的に公正取引委員会委員長としての職権行使の独立性が損なわれかねないという塩川委員の指摘には一面の真理がある。しかし,同時に,政府部内の調整の経験を活かし,競争政策の理念や公正取引委員会の考え方を政府部内に普及させつつ,独占禁止法の執行を独立して行うこともできるはずである。

 塩川委員の懸念に対しては,上記の引用のとおり,候補者が官僚としての模範解答のような応答をされている。候補者が委員長に就任された後の公正取引委員会の活動の事後的な評価を通して判断するほかなく,現時点でこれ以上の議論をする材料を筆者は持ち合わせていない。以下では,EUにおける議論を参照しつつ検討してみたい。

 内閣官房副長官補の職にある候補者が次期公正取引委員会委員長に就任したとしても,内閣官房における政策調整業務と公正取引委員会委員長の職務を同時に行うわけではないから,直ちに利害対立や利益相反が生じるわけではない。実際上も,候補者は,デジタル市場における競争環境の整備についての専門的見識を持って現在の職務に当たるというよりは,多数の関係省庁や多彩な有識者の様々な主張や見解を適切にさばき,実施可能な政策として取りまとめることを任務とされているものと推測される。仮に候補者が内閣官房における企画・調整業務を通して,特定の具体的な問題についての確固たる見解を形成しており,特にそれが明らかになっている場合には,将来的に当該問題に係る公正取引委員会における意思決定に参画するに際して議論を招く可能性が皆無とは言えないが,およそ想定しにくいと思われる(※注1)
(※注1)例えば,特定の事業者の具体的な取引方法が独占禁止法に違反するという強固な見解を持ち,それを公言していた候補者が公正取引委員会委員長・委員に就任した後に,当該事業者の当該取引方法に係る独占禁止法違反事件に関する意思決定に参画することは,予断・偏見による資格喪失の議論を喚起する可能性がある。少し古いが,栗田誠「米国連邦取引委員会における委員の資格喪失」同『実務研究 競争法』(商事法務・2004年)183頁参照。

 ところで,EUにおいて政策調整と法執行の利益相反を巡って興味深い議論が行われているので,それを紹介する。2019年12月1日に欧州委員会の新体制が発足したが,従前,競争政策を担当していたマルグレーテ・ヴェスタエアー委員(デンマーク)が再任されて執行副委員長(Executive Vice-President: EVP)に就任し,「デジタル時代にふさわしい欧州(A Europe fit for the digital age)」を担当するとともに,競争政策も担うという,2つの任務(dual function)を果たすことになった(※注2)。このため,デジタル分野の政策調整という任務と競争法の執行という任務を同一人が同時に的確に遂行できるのかという利益相反(conflict of interests)問題が指摘された。日本で例えれば,デジタル問題担当の内閣官房副長官補が公正取引委員会委員長を兼任するような事態と言えようか。

(※注2)Ursula von der Leyen, President-elect of the European Commission, Mission Letter to Margrethe Vestager, Executive Vice-President-designate for a Europe fit for the Digital Age, 10 September, 2019.

 指摘された問題点とは,具体的には次のようなものである(※注3)。デジタル担当EVPの役割はデジタル分野におけるEUの主導権を維持することであり,立法を含む産業政策を担うのに対し,競争政策担当委員の任務は競争法を中立的に執行することである。両者のアプローチは概念的に異なっており,利益相反は不可避である。また,競争法の執行がデジタル政策上の考慮(例えば,欧州チャンピオン企業の育成)によって影響されるという受け止め方を払拭することは困難であり,国際競争に影響を及ぼし得る競争法の執行に当たって,地政学的な考慮が紛れ込むことにもなり得る。さらに,競争法の執行は手間がかかるものであり,片手間でできるようなものではない。兼任の競争政策担当委員では,競争総局の決定案を自動承認するだけになってしまうし,そうならないようにするためには手続的・制度的な改革が必要になる。
(※注3)Mathew Heim, Questions to the Competition Commissioner-Designate, September 27, 2019, available at https://www.bruegel.org/2019/09/questions-to-the-competition-commissioner-designate/.

 こうした問題点が指摘されていたが,2019年10月8日に欧州議会で行われた承認公聴会では,ヴェスタエアー副委員長がデジタル政策全般と競争政策を兼任することについては大きな論点とはならず,他の一部の委員の承認が得られず発足が遅れたものの,同年12月1日から新体制がスタートした。第1期におけるヴェスタエアー委員の活動に対する高い評価が上記のような問題指摘を消し止めた形である。しかし,逆に言うと,デジタル分野における今後の産業政策の展開や競争法の執行によっては,ある問題では産業政策重視の立場から,別の問題では競争法執行重視の立場から,厳しい批判を受けることになりかねない。両方の要請を同時に満たすことが容易ではない課題に直面した場合に,ヴェスタエアー副委員長の2つの任務の真価が問われることになる。

 また,欧州委員会における競争法執行に係る決定は,合議体としての委員会における多数決によることになるが,実質的には競争政策担当委員が決定している。他の委員の大部分は競争政策と関係しない所掌を担っており,具体的事件の関係人と直接対面することもなく,競争総局の説明を受けて,競争政策担当委員の決定案を例外なく支持することとなる(※注4)。形式的には合議体としての欧州委員会の決定であるとしても,実質的にみれば競争政策担当委員の判断に委ねられており,実質的な決定者の独立性・中立性が問われることになる。
(※注4)この点が直接主義に反するものとして,EU競争法手続における最大の欠陥とされる。See, e.g., Ian Forrester, Due Process in EC Competition Cases: A Distinguished Institution with Flawed Procedures, 34 ELR 817 (2009).

 このように考えると,欧州委員会におけるヴェスタエアー副委員長の2つの任務には重大な問題を孕んでいるようにみえる。利益相反の発生を防止するためには,利益相反の状況が生じないように制度を設計することが基本であり,利益相反による弊害が生じないように運用の妙に委ねるということであってはならないはずである。また,決定過程や決定内容を事後検証することにより,利益相反の弊害が生じていないかを確認できるような仕組みを構築しておく必要がある。

 欧州委員会に関する議論を踏まえて,公正取引委員会における意思決定の仕組みをあらためて考えると,様々な形で制度的な担保が実装されていることが分かる。第1に,委員長及び委員は原則として兼職ができず(独占禁止法37条2号),身分保障がある(独占禁止法31条及び36条)。第2に,委員長及び委員は職権行使の独立性が保障されており(独占禁止法28条),これには委員会の構成員相互間での独立性を含んでいる。第3に,委員会の構成員は5名であり,「法律又は経済に関する学識経験のある者」(独占禁止法29条2項)のうちから多様なバックグラウンドの人材が任命されることが期待されている。第4に,委員会の構成員は対等であり,委員会の意思決定は合議に出席した構成員の多数決で行われるのであり(独占禁止法34条2項),可否同数のときには委員長が決することとなる。

 冒頭に引用した衆議院議院運営委員会における議論との関係でいえば,制度的には,特定の委員会構成員が何らかの理由から特異な意見を有していたとしても,他の構成員の賛同を得ない限り,委員会としての意思決定にはつながらない仕組みになっている。委員会構成員が与えられた職権行使の独立性に思いを致して行動する限り,特定の構成員の影響に起因する偏頗な決定や判断につながることはないはずである。

 しかし,こうした制度的担保だけで全て解決できるとは限らない。決定内容や決定過程が事後的に評価・検証されることが不可欠である。この観点からは様々な問題がある。第1に,委員会構成員による意思決定過程を事後的に検証する方法がないことである。情報公開・個人情報審査会答申(答申18-454,455)によれば,公正取引委員会の「議事録のうち,委員長・委員の率直かつ忌たんのない意見や考えが示されている部分」は,情報公開法5条5号(審議,検討等に関する情報)に該当し,不開示とされている。また,かつての審判審決においては,少数意見を付記することが可能であったが(2013年改正前の独占禁止法70条の2第2項),審判制度の廃止とともに規定が削除されている。

 第2に,公正取引委員会の排除措置命令については,実質的な根拠が示されないという問題がある。独占禁止法違反とされた行為の概要は示されているものの,当該行為の競争上の弊害が具体的に明記されることはない。これは,2005年改正前の「勧告」制度の下における実務,すなわち,関係人が採るべき措置を特定するために必要な限度で事実を記載するという実務が,排除措置命令制度の下でも無批判に踏襲されていることの結果である。

 第3に,公正取引委員会による独占禁止法違反事件審査において非公式な処理が多用されていることである。非公式事案については,公表内容が限定され,また,司法審査を通した検証ができない。公正取引委員会が排除措置命令を行う違反行為類型は,事実上,ハードコア・カルテルと再販売価格の拘束に限定されている。一時期,活発に法的措置が採られていた優越的地位濫用については,2014年のダイレックス事件以降,途絶えている。排除型私的独占に至っては,2009年のJASRAC事件が最後である。公正取引委員会が排除行為や垂直的非価格制限行為について審査していないわけではないにしても,多くは関係人の自発的改善による審査打切り,あるいは2016年改正により導入された確約手続による処理となっている。デジタル分野で問題になっている行為はハードコア・カルテル以外の行為類型であり,現状では法的処理がなされることは期待しにくい。

 結論として,先般の公正取引委員会の次期委員長候補者の所信を巡る質疑で提起された懸念について,制度的には予防措置が構築されているが,事後的に検証する仕組みが十分ではなく,そうした懸念が根拠のあるものであるかどうかはよく分からないということになろう。逆に,EUのヴェスタエアー副委員長の2つの任務においては,利益相反が生じることは不可避のようにみえるが,事後的な検証(司法審査を含む)を通して成果が問われるということであろう。公正取引委員会の実務が事後検証可能なものに改善されることが望まれる。



 

 

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