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  • 2019/09/09
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栗田会長のコラム「デジタル・プラットフォーマーによる個人情報の取得・利用に係る優越的地位濫用規制」

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(2019.9.6 第270回月例研究会 冒頭の栗田会長挨拶)
「デジタル・プラットフォーマーによる個人情報の取得・利用に係る優越的地位濫用規制」

はじめに

 公取委は8月29日,「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」に対する意見募集を行った。6月21日に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」において,「優越的地位の濫用規制をデジタル・プラットフォーム企業による対消費者取引に適用する際の考え方の整理を2019年夏までに行い,執行可能な体制を整備する」とされており,その実施に向けたステップである。以下では,この「考え方」の実体的な内容ではなく,デジタル・プラットフォーマー(以下「DP」という)による個人情報の取得・利用に対して優越的地位濫用規制を適用するという公取委の新たな方針が独占禁止法と他の法令との関係,あるいは公取委と他の行政機関との関係において有する意味合いを考えてみたい。

消費者取引に対する優越的地位濫用規制の適用

 不公正な取引方法の一類型としての優越的地位濫用に関する独占禁止法2条9項5号の規定においては,単に「相手方」,「継続して取引する相手方」ないしは「取引の相手方」の文言が用いられており,優越的地位濫用規制の対象が事業者取引に限定されるものではなく,消費者取引を含むものであることは学説上指摘されてきた。しかし,公取委実務においては,優越的地位濫用ガイドラインでは「取引の相手方」が事業者であることを前提にした記述となっており,また,消費者取引について優越的地位濫用規制が適用されたことは(少なくとも法適用事例としては)なかった。

 今回の「考え方」は,DPによる個人情報の取得・利用という特殊な問題を対象とするものであるが,消費者の特性や事業者との格差を背景にして消費者が取引先事業者に対して定型的に劣位に立ち,不利益を受けやすい類型の取引は様々に存在する(「消費者法」の概説書を参照)。優越的地位濫用規制は,こうした多様な消費者取引に対して幅広く適用できる可能性を秘めている。従来,こうした消費者取引については,「消費者法」による民事的規律(消費者契約法,特定商取引法等),限定的な行政的規律(特定商取引法等),例外的な刑事的規律が行われてきており,近年の発展には著しいものがあるとはいえ,万全ではない。ここに独占禁止法による優越的地位濫用規制というオプションが加わることになり,限定のない一般的な管轄,強力な審査体制と調査権限,そして課徴金賦課という制裁権限を有する公取委が取り組むこと,また,被害者による差止請求の対象になることの意味は大きい。

 ただし,実際に公取委が消費者取引における優越的地位濫用規制に本格的に取り組むこととなるのかは不明である。2009年の消費者庁の創設に伴い,公取委は景品表示法の施行権限を失い,消費者取引課はなくなり,公取委は消費者政策のメイン・プレーヤーではなくなった。今回の問題を契機に,公取委が消費者取引に対する独占禁止法規制に積極的に乗り出し,消費者の支持を得ることができるのか,注目される。

個人情報保護と競争法

 本年2月7日にドイツ連邦カルテル庁がフェイスブックの個人情報の収集・利用が競争制限禁止法上の支配的地位の濫用(搾取的濫用)に当たるとして禁止決定を行ったことは記憶に新しい(フェイスブックは決定を争っており,8月末には裁判所から決定の執行停止を得ている)。この禁止決定に対しては,世界中で様々な見解(厳しい批判を含め)が示されており,日本でも既に多くの論考が発表されている。

 折しも,米国連邦取引委員会(FTC)及びニューヨーク州司法長官が9月4日,グーグル及びその傘下のユーチューブとの間で,ユーチューブによる保護者の同意なしの子供の個人情報の取得とターゲティング広告における利用が「子供のオンライン・プライバシー保護法(Children’s Online Privacy Protection Act)」に基づくFTC規則に違反する疑いについて,是正措置を採るとともに総額1.7億ドルの民事制裁金を支払うことで和解した。
 米国でも,グーグルやフェイスブック等のDPに対する反トラスト調査が連邦競争当局(司法省,FTC),州司法当局,連邦議会の所管委員会等で行われているが,個人情報の問題についてはFTCが専ら消費者保護規制権限を用いて取り組んでいる。FTCは様々な消費者保護法(法律に基づくFTC規則を含む)を所管し,そうした法令違反はFTC法5条違反(不公正な又は欺瞞的な行為)とみなされ,FTCはFTC法に定められた権限を活用して広範な消費者問題に取り組むことができる。そのための最強の手段が連邦地方裁判所に違反行為の差止とともに必要な救済措置(不法利益の剥奪など)を請求する方法であり,前述のユーチューブに対する措置もこの権限による。

 公取委は個人情報の問題に対して独占禁止法の究極の一般条項ともいえる優越的地位濫用規制を発動しようとしているが,いくら「考え方」を公表したからといって,DPにとって予測可能性が低いことは否めない(現下の「マイナビ」問題に「考え方」を当てはめた場合にどのような結論になるのであろうか)。また,独占禁止法の執行手続は大変重いものであり,迅速性に欠けることになりがちである。優越的地位濫用の違反が不公正な取引方法の中では唯一1回目から課徴金という重大な措置につながることも,公取委とDPの双方にとって重荷となりかねない(もっとも,消費者にとって表面的には「フリー(無料)」の取引に関して実際に課徴金を賦課するためには,課徴金の計算基礎となる取引額の算定方法等について特例を定めるか,制度を抜本的に見直す必要があろう)。その意味で,「成長戦略実行計画」に明記されたように,政府が「デジタル・プラットフォーマー取引透明化法」(仮称)を2020年通常国会に提出しようとしていることは適切である。そして何よりも,この方針は霞が関の力学にも叶うものであろう。独占禁止法がDP規制の中心的機能を担うことになると,同法の運用が公取委の専権であるだけに,他省庁にとっては心穏やかではなかろう。独占禁止法の特別法である下請法が公取委と経済産業省等との共管になっていることと同様,想定されるDP取引透明化法も関係省庁の共管となり,権限と責任を分担・分有することとなり,丸く収まるのであろう。

既存の法令によっては対応できない新たな問題に対する独占禁止法の役割

 他の法令による実効的な規制が行われていない新たな問題が生じた場合に,適用対象に限定がなく,禁止行為類型も概括的・抽象的に定められている独占禁止法による取組が可能であることがあり得る。いくつか例を挙げると,1970年代に米国から輸入されたマルチ商法について,公取委は不当な利益による顧客誘引に当たるとして排除勧告を行った(ホリディ・マジック事件・勧告審決昭和50・6・13)。その後, 1976年に訪問販売法(現在の特定商取引法)が制定され,「連鎖販売取引」として規制されている。また,バブル崩壊後の株価下落の過程で生じた証券会社による損失補填については,当時の証券取引法では禁止されておらず,公取委は主要証券会社に対して不当な利益による顧客誘引に当たるとして排除勧告を行った(野村證券他事件・勧告審決平成3・12・2)。その後,証券取引法(現在の金融商品取引法)が改正されて,損失補填が明示的に禁止された。平成17年の三井住友銀行事件(勧告審決平成17・12・26)では,同行が中小融資先に金利スワップの購入を余儀なくさせたことが優越的地位濫用に当たるとされたものであるが,その後,銀行法が改正され,こうした行為が禁止されている。

 こうした個別法令が有効に機能している限り,独占禁止法が乗り出す必要は通常ないが,規制の枠外の行為,新たな行為に問題があると判断される場合に,迅速に関係法令を整備して対応することが常にできるとは限らない。独占禁止法の一般性・汎用性を活かした法適用が必要かつ有効であり,今回のDPによる個人情報の取得・利用に対する優越的地位濫用規制は新たな一例ともいえる。

 ところで,DPによる個人情報の取得・利用に係る「考え方」の公表が,それにとどまらず,具体的な違反事件審査につながるのかは不透明である。公取委のガイドラインの中には,作成・公表されたものの,その後に関係する違反事件が全く起きていないものもある(ガイドラインが有効に機能して問題行動が一切見られなかったと善解することは適切ではない。もしそうであるならば,問題ないはずの行動まで過剰に抑止されるというフォールス・ポジティブが生じていると考えられる)。

 他方,公取委は,令和2年度の概算要求においてDP関連の機構・定員要求を出している。公取委としても,実際の違反事件を手掛けたいと考えているであろう。しかし,公取委としても新規の類型に対する法適用には慎重にならざるを得ないし,調査対象のDPとしても違反認定を受けることは避けたいであろう(優越的地位濫用の事案ではないが,アマゾン・ジャパン事件〔平成29・6・1公表〕,エアビーアンドビー事件〔平成30・10・10公表〕等のDP関連事件でも自発的改善措置により審査打切りとされている)。そうなると自ずと「確約手続」の利用ということになってくる。確約の第1号事件が出てくるのもそう遠くないかもしれない。

おわりに

 2013年の就任以来,デジタル分野に対する独占禁止法の適用を唱道してこられた杉本和行公取委委員長が最近,『デジタル時代の競争政策』を上梓された。公取委の幹部がスピーチや論文等による対外発信を積極的に行うことは極めて重要である。フリーランス,スポーツ選手・芸能人等の人材分野といった新機軸だけではなく,史上最高額の課徴金が課されたアスファルト合材価格カルテル事件のような在来型の事案も含め,公取委の動きから目が離せない。

 なお,近時の公取委による独占禁止法の行政的エンフォースメントの現状と評価については,栗田誠「独禁法の行政的エンフォースメントの再評価」上杉秋則・山田香織編著『独禁法のフロンティア―我が国が抱える実務上の課題』(商事法務・2019年)第1章所収を参照していただければ幸いである。

 

 

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